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抗精神病薬とエピネフリンの併用禁忌に関する対応

No.4695 (2014年04月19日発行) P.66

長嶺敬彦 (新生会いしい記念病院内科)

登録日: 2014-04-19

最終更新日: 2018-11-27

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【Q】

ハロペリドールなどの抗精神病薬の添付文書にはアドレナリン(エピネフリン)投与について併用禁忌との記載がある。
一方,World Allergy Organizationの「アナフィラキシー診療ガイドライン(2011年)」には精神疾患への言及はあるが,エピネフリン併用禁忌に関する記述はまったくない。
一般臨床医はこのような状況にどのように対応すべきか。たとえば,抗精神病薬服用患者にアナフィラキシーが発生した場合の対応など。 (北海道 U)

【A】

アナフィラキシーショックに陥った抗精神病薬投与中の患者に遭遇したとき,どのように対処するかという判断に関して,添付文書上はエピネフリン反転の機序により併用禁忌であるが,筆者はエピネフリンを使用する。

[1]アナフィラキシーショックとは
アナフィラキシーショックは,体内に侵入したアレルゲンに対する,きわめて過剰なIgE抗体を介したI型アレルギー反応であり,血圧低下,喉頭浮腫を主徴とする重篤な病態である。数分~数十分で全身性の蕁麻疹,血圧低下,喉頭浮腫が起こり,呼吸・循環障害に陥る危険性がある。
アナフィラキシーショックの治療は,循環不全と気道狭窄による呼吸不全に対処することで,治療薬のファーストラインはエピネフリンである。エピネフリンは,α受容体を刺激することで末梢血管が収縮し血圧を上昇させる。またβ受容体刺激作用により気管支拡張,心拍出量増加が起こり,全身のショック症状を改善する。

[2]添付文書上の制限
エピネフリンは添付文書で大多数の抗精神病薬を併用禁忌としている。ブチロフェノン系薬剤(セレネース,トロペロンなど),フェノチアジン系薬剤(ウインタミンなど),イミノジベンジル系薬剤(デフェクトンなど),ゾテピン(ロドピン),リスペリドン(リスパダール)が禁忌として列挙されている。
また,大多数の抗精神病薬の添付文書にも,エピネフリンの作用を逆転させ,重篤な血圧降下の危険性があると記載され,抗精神病薬とエピネフリンは併用禁忌とされている。

[3]併用禁忌の理由としてのエピネフリン反転
エピネフリンと抗精神病薬の併用が禁忌である理由は,エピネフリン反転(epinephrine reversal)という現象が起こる可能性があるからである。エピネフリン反転は,1906年にDaleによって,麦角アルカロイドをあらかじめ投与しておいたネコにエピネフリンを投与したところ血圧下降作用が生じたことで発見された。
エピネフリン反転は,α1受容体遮断薬投与後にエピネフリンを静脈内注射するとエピネフリンの血圧上昇作用が血圧下降作用に反転する現象である。エピネフリンはα1受容体に結合すると血圧上昇作用を示すが,β2受容体に結合すると血圧下降作用を示す(表1)。通常ではα1受容体を介した作用が優位のため,エピネフリンの投与により血圧上昇を示す。しかし,α1受容体遮断薬の存在下ではβ2受容体を介した作用が優位となり血圧下降作用を生じる(図1)。
抗精神病薬はドパミンD2受容体遮断作用により抗精神病作用を示す。薬剤間で程度の差はあるがα1受容体遮断作用があり,理論上はエピネフリン反転を起こすリスクがある。

[4]臨床場面での実際の対応
しかし,(1)最近使用されている非定型抗精神病薬は定型抗精神病薬ほどα1受容体遮断作用が強くなく(抗精神病薬の臨床的な受容体プロフィールは参考文献を参照),(2)抗精神病薬の至適投与量がエピネフリン反転を起こしやすいことの根拠が臨床的に乏しいことを考えると,アナフィラキシーショックが一刻を争う病態であり,これにエピネフリンが著効することから,筆者の私見として,抗精神病薬投与下のアナフィラキシーショック患者にもエピネフリンを使用するという回答になる。

[5]代替方法はあるか
救急の場合はやむをえないとはいえ,添付文書上禁忌の薬剤の併用を推奨することはできない。なぜなら法的問題が生じる可能性があるからである。エピネフリンと抗精神病薬は併用禁忌である事実は存在する。
そこで考えられる代替療法であるが,アナフィラキシーショック時より広い概念で,抗精神病薬投与下で血圧を上昇させるためのエピネフリン以外の昇圧薬を以下に示す。まず,β2作用がないα刺激薬である塩酸フェニレフリン,およびα作用とβ1作用を有しβ2作用が弱いノルエピネフリンがある。これをもとにアナフィラキシー治療の組み立てを考えると,循環不全対策にノルエピネフリン,抗アレルギー作用にステロイドや抗ヒスタミン薬という組み合わせが考えられる。ただし救命処置としての即効性や確実な効果という面では明らかにエピネフリンに劣る。またバソプレシンやグルカゴンは交感神経を介さないので反転の問題はないが,アナフィラキシーショックに対する効果には疑問があり,さらに適応外使用という問題も発生する。
したがって筆者の意見は,このような救命の場では抗精神病薬投与下でもエピネフリンを使用するという回答になる。

【参考】

▼長嶺敬彦:予測して防ぐ 抗精神病薬の「身体副作用」. 医学書院, 2009.

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