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古事記に見る古代の医療(上) [エッセイ]

No.4772 (2015年10月10日発行) P.68

金田治也

登録日: 2016-09-08

最終更新日: 2017-02-10

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邪馬台国は大和、出雲、九州のどこにあったのか、卑弥呼は誰なのか決着を見ていないが、古代を知る歴史書として古事記がある〔和銅5(712)年上表〕。

古事記の概略は、高天原と呼ばれる天上界に神(天つ神)が現れ、やがて天つ神の命令で地上界に天降りした伊邪那岐、伊邪那美の神(命とも記す。以下、神または命は省略)が日本列島と多くの子神を産んだが、火の神を産んだときに伊邪那美は陰部(ホト)に火傷を負い発熱して死亡した。伊邪那岐は伊邪那美を現世へ戻そうと黄泉国(根の堅洲国)に出向くが叶わず、黄泉国を脱出して筑紫の日向国で穢れを洗う禊を行ったときに天照大御神(以下、大御神は省略)、月読、建速須佐之男(以下、須佐之男とする)の3神が生まれた。

天照(太陽神)は高天原で昼の世界を、月読(月の神)は夜の世界を、須佐之男は海の国を治めるよう命ぜられた。しかし、須佐之男は母のいる根の堅洲国へ行きたいと泣き暮らし、天つ神の身分を剥奪され、高天原の天照に挨拶に行くが、乱暴狼藉の末、追放され、出雲の鳥髪峰(船通山、1142m)の下の肥河(斐伊川、雲南市)の上流に降臨する。そこで八俣遠呂智を退治し、その後の物語は出雲国で展開する。

須佐之男の6世の孫の大国主は、因幡の白兎、赤猪岩、巨木の裂け目への閉じ込め事件があり、須佐之男の住む根の堅洲国へ逃げ、須佐之男の娘の須勢理毘売と出会い、須佐之男の課す試練を克服して豊葦原の中つ国を治めることを許される。そして、少彦名の出現、国譲りがあり、大国主の子の事代主(戎)と建御名方が登場する。その後、高天原から邇邇芸が出雲に降臨し、大山津見の娘の木花之佐久夜毘売とのロマンスにより海幸彦(火照)、山幸彦(火遠理)が生まれ、次いで山幸彦と海神(綿津見)の娘の豊玉毘売のロマンスによって神武天皇が生まれ、上巻が終わる。そして中・下巻に歴代天皇に関する記述が続く。

本稿では、主に古事記における古代の医療、健康問題について考察する。

日本医療の発祥地は因幡国と伯耆国(鳥取県)であった

天地創造の部分で伊邪那美は死亡し、「出雲と伯耆の国境にある比婆山に葬った」とされ、伊邪那岐は迎えにいくが、「私は黄泉国の食物を食べてしまった。帰れるか否か黄泉の神に相談します。その間に私を見てはなりません」と伊邪那美が言うのに、全身に無数の蛆がたかり膿の出ている姿を見てしまい、伊邪那美は「私の恥を見てしまった」と怒り、黄泉国の黄泉醜女に追わせた。

伊邪那美も追ってきたので、黄泉比良坂の坂本において大岩で道を塞いで岩の両側で離別の言葉を交わした。伊邪那美が「こんなことをされるのなら、あなたの国の人間を一日(毎日)1000人殺します」と言うと、伊邪那岐は「それでは私は一日1500人の子を産ませます」と言った。なお、「黄泉比良坂とは今の出雲国の伊賦夜坂という坂」(松江市東出雲町揖屋)と記されている。

この記述は、分娩による局所の損傷部が感染症を発し、全身性産褥熱が発生したという、わが国最古の婦人病発症の記録であると言えよう。また、死亡、人口統計、保健統計の概念が認識されていたことを示すものであり、伊邪那岐が出雲と伯耆の国境から出雲側の揖屋に逃げたことから、医療や保健統計の発祥地は伯耆国であったと推測される。

なお、比婆山の伝承地は4箇所ある。1つは母塚山(鳥取県南部町、米子市、島根県安来市伯太町の交点、標高276m、元は比婆山という伝説あり)が伊邪那美の墓山と言われ、その島根県側の山裾に伊邪那美が伏した防床(元の字は母床)の地がある。また、この地の近く安来市の比婆山(標高331m)の山中(標高280m)に比婆山久米神社奥宮があり、神社裏の囲いの中に墓があるという(安来市伯太町横屋)。さらに、鳥取県日南町大菅の御墓山(標高800m)や島根県と広島県境の比婆山(立烏帽子山1280m)の南にある熊野神社を墓地とする説もあるが、信憑性が高い地は母塚山である。

大国主が因幡国の八上毘売に妻問いに行く途中で、白兎に蒲の穂(蒲黄、止血剤)の花粉による外傷の治療法を教えたことは、わが国で最も古い外傷医療の記録であり、大国主は農・漁業ばかりでなく医薬の神とされている。気多の岬(鳥取市白兎海岸)には痘瘡(天然痘)の神として今日も白兎神社が祀られ、白兎が傷口を洗った御身洗池がある。

大国主は因幡国からの帰途、伯耆国の手間山(鳥取県南部町、天万山、要害山、岩坪山、峰松山とも呼ぶ。標高334m)で多くの兄神の八十神たちに猪に似た焼けた大石を落とされ、火傷を負って死亡した。母神(刺国若毘売)は高天原の生命を司る神産巣日にすがり、高天原から

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