「心筋梗塞(MI)後にはβ遮断薬」。これは長らく、事実上の不文律となっていた。しかし根拠とされるエビデンスは、再灌流療法時代以前のランダム化比較試験(RCT)である[Zeitouni M, et al. 2019]。そのため再灌流療法が一般的となった現在、再検討が実施された(REDUCE-AMI試験)。すると左室機能が維持されていれば、MI後急性期~亜急性期からのβ遮断薬開始は心血管系(CV)転帰を改善しなかった。同試験が報告された本年米国心臓病学会(ACC)では、「古い治療は見直す必要がある」との声も挙がった[本誌既報]。
ではMI後にβ遮断薬を開始した例でも、MI以外に適応がなければ、同薬を中止して大丈夫だろうか。この点を検討したRCT"AβYSS"が、8月30日からロンドン(英国)で開催された欧州心臓病学会(ESC)学術集会にてJohanne Silvain氏(ピティエ=サルペトリエール病院、フランス)により報告された。一見すると「継続」が良いようにも映る結果だが、疑問を呈す声も上がった。
AβYSS試験の対象は、MI後6カ月以上β遮断薬を服用中の、「EF≧40%」だった3698例である。MI以外にβ遮断薬の積極適応がある例(心不全や心筋虚血、不整脈など)は除外されている。平均年齢は63.5歳、男性が83%を占めた。EF中央値は60%である(四分位範囲[IQR]:52-60%)。MIは63%がST上昇型であり、全体で95%が再還流療法を受けた。MI発症からランダム化までの期間中央値は3年弱だった。
これら3698例は、β遮断薬を「継続」する群と「中止」する群にランダム化され、盲検化なしで観察された(評価項目検証者はランダム化群が盲検化されたPROBE法)。1次評価項目は「死亡・MI・脳卒中・CV疾患入院」である。「中止」群の「継続」群に対する「非劣性」証明が目的とされた。
・1次評価項目
中央値3年間(IQR:2.0-4.0年、最長5年)の観察期間後、「死亡・MI・脳卒中・CV疾患入院」の発生率は、β遮断薬「継続」群で「中止」群に比べ有意に低くなっていた(発生率21.1% vs. 23.8%)。この結果は事前設定されたすべての亜集団解析で一貫していた。
この結果より、「中止」群の「継続」群に対する「非劣性」は否定された。割り付け群別(ITT)解析、プロトコール順守群別解析のいずれにおいても同様だった。ただし両群間の差が著明だったのは「CV疾患入院」のみである(16.6% vs. 18.9%。「死亡」「MI」「脳卒中」の発生率差はいずれも0.1%以下)。なお先述のとおり、本試験は盲検化されていない。
・2次評価項目(一部論文未掲載)
2次評価項目の1つとして評価された「QOL」は両群とも、試験期間を通じた改善は認められず、群間差もなかった。一方「心拍数」(開始時中央値:「63拍/分」)は「中止」群で「継続」群に比べ、中央値で「9.8拍/分」、有意に上昇した。ダブルプロダクト(心拍数×SBP)も同様で、「中止」群で「1616」の有意高値となった。
以上の結果からSilvain氏は、MI後左室機能が保たれている例では、β遮断薬を中止すべきでないとの認識を示した。
・AβYSS試験の問題点(1)
これに対し指定討論者であるJane Armitage氏(オックスフォード大学、英国)は以下の2点を指摘した。
1点目は「非劣性マージン」が適切だったかという疑問である。本試験では同マージン上限を「3%」と設定していた。これは群間のイベント相対リスク差25%に相当する。そしてその前提である、β遮断薬「継続」群における1次評価項目発生率予想は12%だった。しかし現実には上述のように20%を超す予想外に高い発生率が観察された。その時点で「非劣性マージン」を見直す必要はなかったのか、という問いである。
・AβYSS試験の問題点(2)
そして同氏がもう1点指摘したのは、「継続」群で著明リスク減少を認めたのが「CV疾患入院」という患者・医師の主観に影響を受ける評価項目(ソフトエンドポイント)だけだったという点である。本研究のように盲検化されていない(治療の群間差が患者と医師に分かっている)場合、このようなソフトエンドポイントは信頼性が低い(CV入院中最多の理由は「冠動脈造影」)。
そのため、MI後β遮断薬中止の是非を判断するのは「死亡・MI・心不全入院」を評価項目として現在進行中のRCT"SMART-DECISION"(NCT04769362)の結果を見るまで(26年3月終了予定)保留すべきである―。これがArmitage氏のスタンスだった。
・REDUCE-AMI試験との違い
パネルディスカッションで話題になったのが、前出REDUCE-AMI試験との違いである。同試験では発症から1~7日のMI例において、β遮断薬「開始」は「非開始」に比べ「死亡・MI」を減少させなかった。
Silvain氏からは明確な見解が聞かれなかったがパネラーからは、AβYSS試験で示されたのはβ遮断薬「継続」による心保護作用ではなく、同薬「中止」による「リバウンド」の悪影響ではないかとの考察である。であるならば、REDUCE-AMI試験の結果と合わせると、MI後の安易なβ遮断薬開始は避けるべきという結論になるのだろうか。韓国で進行中の前出"SMART-DECISION"の結果を待ちたい。
AβYSS試験はフランス厚生省とACTION研究グループから資金提供を受けた。また報告と同時に、N Engl J Med誌ウェブサイトで論文が公開された。