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「急性脳血管症候群(ACVS)」と「塞栓源不明の脳塞栓症(ESUS)」[エッセイ]

No.5218 (2024年04月27日発行) P.68

内山真一郎 (国際医療福祉大学臨床医学研究センター教授/山王メディカルセンター脳血管センター長/東京女子医科大学名誉教授)

登録日: 2024-04-28

最終更新日: 2024-04-24

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2023年11月4日に開催された母校の北海道大学病院100周年記念講演において、研究テーマとして取り組んできた急性脳血管症候群(acute cerebrovascular syndrome:ACVS)と塞栓源不明の脳塞栓症(embolic stroke of undetermined source:ESUS)について講演したので、その要旨を紹介する。

TIAを包括する概念ACVS

一過性脳虚血発作(transient ischemic attack:TIA)は、脳卒中症状が短時間で自然に消失するため、本人および家族に無視または軽視されがちであり、TIA発症直後の危険性は一般の医師にさえ十分理解されていなかった。しかしながら、TIAへの初期対応の遅れは患者の転帰に致命的な影響を及ぼす危険性があるので、TIAを生じたら直ちに評価を行い、早急に治療を開始すべきである。TIAの早期診断・早期治療は、脳卒中予防の水際作戦として大きな医療経済効果が期待できる。

このような背景から、我々はTIA患者を軽症脳梗塞と合わせて5000例登録して、5年間追跡調査するTIAregistry.orgという国際共同前向きコホート研究を行った。ACVSは急性冠症候群(acute coronary syndrome:ACS)に対応する概念であり、TIAを急性脳梗塞とともにACVSの概念に包括し、救急疾患として対処すべきである、というのが我々の主張であった。我々はTIAregistry.orgの1年後の追跡調査の結果を2016年にNew England Journal of Medicine(NEJM)に発表した。ACVS発症後1年間の脳卒中再発率は10年前に比べて半減していたことから、脳卒中専門医による迅速な診断と治療は、その後の脳卒中発症を大きく減らせることが証明できた。

しかしながら、TIA患者に対する脳卒中予防の水際作戦を成功させるには、出口と入口の議論が必要である。これは、出口からみたチャンピオンデータにすぎず、入口までたどりついていない。TIA患者にも同様な最善の医療を提供するには、一般住民と非専門医にTIAの予備知識と、正しい診断および緊急対応の必要性を理解してもらうことが必須となる。

さらに、我々はTIAregistry.orgの5年間追跡調査の解析結果を2018年に再びNEJMに発表した。主要な心血管イベントの累積発症曲線は1年を過ぎてから5年後に至るまで、減衰することなく直線的に推移していた。そのことから、脳卒中再発予防対策は現行のガイドラインでは不十分であり、今後は脳卒中の残余リスクの同定と対策が重要であると思われた。

その後に我々の行った二次解析によれば、古典的危険因子(高血圧、糖尿病、脂質異常、喫煙、心房細動)を有さない症例でも最大の転帰予知因子は頭蓋内外の症候性主幹動脈狭窄であったことから、動脈狭窄に対する遺伝因子や環境因子を含む非古典的危険因子(non-traditional risk factor)への新たなアプローチが求められる。

ESUSという概念の提唱

原因不明の脳梗塞は脳梗塞全体の25%を占め、潜因性脳卒中(cryptogenic stroke)と呼ばれてきたが、その定義はあいまいであり臨床研究の妨げになっていた。そのことから、著者を含む国際的なワーキンググループが抗血小板療法と抗凝固療法の再発予防効果を比較するため、実践的で明確な診断基準に基づくESUSという概念を提唱した。ESUSは画像上は脳塞栓症と考えられるが、通常の検査で塞栓源が不明な病態であり、他の病型を除外することにより診断される。

我々はNEJMに、ESUS患者においてリバーロキサバンとアスピリンを比較したNAVIGATE ESUS試験の結果を2018年に、ダビガトランとアスピリンを比較したRE-SPECT ESUS試験の結果を2019年に発表したが、いずれの直接作用型経口抗凝固薬(direct oral anticoagulant:DOAC)もアスピリンに対する優位性を示すことができなかった。両試験に登録された症例は、凝固依存性疾患病態(thrombin-generated disease state)と血小板依存性疾患病態(platelet-dependent disease state)の重複例が多かったことが理由と考えられたことから、DOACの標的となる前者を選別しうるESUSという概念の再構築が必要と考えられる1)。そのためには、大血管閉塞例から回収した血栓の組成分析や、画像や血液のバイオマーカーの解析が有用であろう。

ESUSにおいて最も頻度の高い併存疾患は潜在性心房細動(covert AF)である。心臓リズムを長時間記録すればするほどその検出率は高くなるが、持続の短いAFや脳梗塞発症後に長期間経過して発見されるAFは脳卒中のリスクとはならず、実際AFがあるというだけでは脳卒中の独立した危険因子として証明されていない。そこで、covert AFが脳塞栓症を予知できる特徴を備えているかどうかが重要となる。これらを心電図、血液、心エコー、心臓MRIなどのバイオマーカーとして同定し、陽性であれば長時間モニターにより積極的にAFの検索を行うというアルゴリズムの確立が望まれる。

今後の展開

近年の画像検査の進歩により、動脈原性脳塞栓症がESUSの原因として、従来考えられていたよりも多いことが明らかになった。我々は急性期脳血管障害における可溶性血小板活性化受容体であるC型レクチン様受容体2(sCLEC-2)のバイオマーカーとしての有用性を検討する多施設共同前向きコホート研究(CLECSTRO)を行っており、ACVSやESUSにおける臨床的意義について解析する予定である2)

【文献】

1)Ntaios G:J Am Coll Cardiol. 2020;75(3):333-40.

2)Uchiyama S, et al:BMJ Open. 2023;13(9): e073708.

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