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母という人/認知症の進行/On Death and Dying[なかのとおるの御隠居通信 其の15]

No.5178 (2023年07月22日発行) P.64

仲野 徹 (大阪大学名誉教授)

登録日: 2023-07-19

最終更新日: 2023-07-19

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まったくの私事でありますが、母・道子が91歳で身罷りました。さすがにいろいろと思うところがありますので、親孝行をめぐる攻防を中心に書かせてください。

母という人 

仲野の家に22歳で嫁ぎ、一女一男と子をなしたところまでは順調だったのですが、25歳の時、私が生まれて7カ月で不運にも夫が病死しました。以後、古くさい家を守るがための人生でした。幸いにも長男が立派に育ち(←私です、念のため)、趣味にしていた海外旅行へは50回以上も行ったし、前半生の不幸を補って余りある後半生だったかと思っています。

最後の海外旅行は85歳の時で、帰ってきて「むちゃくちゃ安くてええツアーやったわ」と喜んでいました。しかし、数日後にその旅行業者が倒産との報道が。「てるみくらぶ」でした。悪運が強いというかなんというか、そんなおもろいエピソードもたくさんある人でした。

明るくて面倒見がいいけれど、口うるさいところもいっぱい。ある人がお悔やみに来られて「おばちゃんに誉められたらホンマに嬉しかってん」とおっしゃるので、どうしてかと尋ねたら、「普段は怒られ続けてたから」と返されて遺体を前に爆笑。70歳の頃に進行胃がんで亜全摘の手術を受けたのですが、それがきっかけでずいぶん痩せることができました。そのことを「究極のダイエットやわ」と笑い飛ばすような愉快で豪快なところなんかもありました。

結婚した後もずっと同居で、私はともかく、妻と娘2人がとてもよくしてくれたので、十分に親孝行やと思っていました。ところが、です。何の機会か忘れたのですが、十数年前に「徹には親孝行をしてもらったことがない」と言われ、あまりのことに後頭部で何かが音をたてて切れてしまいました。以後、アホらしいから積極的な親孝行はしまいと強く心に決めました。え、どっちもどっちやって? 確かにそうかも……。

認知症の進行

口だけでなく体も歳のわりには達者だったのですが、新型コロナで家に籠らざるをえないようになってからはずいぶんと足腰が弱っていきました。同時に、近所の人たちからの刺激が少なくなったせいか、徐々に認知症が進行するように。それでも、昨年3月には電車を乗り継いで私の最終講義を聴きにきてくれました。こういうところに呼ぶってやっぱり親孝行ちゃいます?

症状からおそらくレヴィー小体型で、昨年の秋くらいから急速に認知症が進行するようになりました。自分だけは認知症にならないという根拠なき自信の持ち主だったので、かなりショックだったようです。淋しそうに縁側でじっと椅子に腰掛けてぼんやりしているのを見るのは、さすがにつらいことでした。

今年の1月、もう家では看きれないと判断し、徒歩数分の介護付有料老人ホームに入所させたのですが、しばらくは妄想が強くて大変でした。面会に行くと「あんたがいらんことするから、毎日5時間も6時間も警察で厳しい取り調べを受けてる」と罵倒される始末。う~ん、どんな息子やと脳に刻まれてたんでしょう。

最後ぐらいは親孝行と思ってはおったのですが、これではさすがに足が遠のきますわな。しかし、それも3カ月ほどでおさまり、亡くなる前の2カ月間くらいは「ええ人生やった」と繰り返すようになったので、孝行息子と感謝しながら亡くなっていったに違いありません。あくまでも希望的観測ではありますが。

On Death and Dying

『On Death and Dying』、死の受容を描いたエリザベス・キューブラ―・ロスの名著『死ぬ瞬間』の原題です。そういった意味ではなく、母の死にゆく過程と死について考えたことを書いてみます。

オランダでは認知症を理由にした安楽死が認められているそうです。そんなことありえんだろうと考えていましたが、母親の認知症を見ていると、場合によってはそれもありかという気がしてしまいました。安楽死の法制化には依然として反対ですが、心身ともにあまりにつらそうで、そう考えざるをえないような状態でした。

私の中では、半年以上かけて、ゆっくりと亡くなっていったようなものでした。なのでホームに入ってからは、本当に亡くなってもあまり悲しくは思わないのではないかと予想していました。しかし、いざとなるとずいぶんと違っていました。

 

なにより泣けたのは、家に連れて帰った亡骸に最後のご飯、枕飯をお供えした時です。この家で何度食事をしたのか、つらかった時代にどんな思いで食事をしていたのかと考えながらの号泣でした。いろんなことを聞いておけばよかったと思っても、あとの祭りです。

そやから親孝行をしてもろたことがないと言うたんや、という母の声が聞こえてきそうでこわいかも。化けて出てきたらゆっくり話を聴く程度の孝行はしてやろうと思ってるんですけどね。

仲野 徹 Nakano Toru
大阪市旭区生まれ。1981年阪大卒。2022年4月より阪大名誉教授。趣味は読書、僻地旅行、義太夫語り。『仲野教授の笑う門には病なし!』(ミシマ社)大好評発売中!

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