株式会社日本医事新報社 株式会社日本医事新報社

CLOSE

【識者の眼】「Diversityの強さ」野村幸世

No.5173 (2023年06月17日発行) P.61

野村幸世 (東京大学大学院医学系研究科消化管外科学分野准教授)

登録日: 2023-06-05

最終更新日: 2023-06-05

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

筆者は当欄の前回記事で、“Diversity and Inclusionを励行している組織は強いが、その効果が現れるのには多少時間がかかるので、効果がわかりにくい。しかし、将来を見据えて組織を栄えさせるなら、Diversity and Inclusionが必須である”ことを指摘した(No.5169)。先日読んだNatureの論文1)でこのことを確認できるような内容があったので、ご紹介したい。

当該論文は実に画期的な成果で、これからの癌診療を大きく変える可能性があると筆者は思っている。ここでは内容を詳しくは述べられないので、ご興味のある方はぜひお読み頂きたい。

簡単に内容をご紹介すると、予後の悪い癌である膵臓癌の患者さん、しかも、目視で確認できる最大限度で切除を行った患者さんに対し、免疫チェックポイント阻害薬とRNAワクチン、そして化学療法を行った、という米国のベンチャー企業が関与する臨床試験の結果である。切除した膵臓癌の検体からネオアンチゲン(癌で発現している癌抗原)をコンピュータプログラムで同定し、これに対するRNAワクチンを作成し、患者さんに投与する、というものである。

患者さんの中には、このRNAワクチンで癌に対する免疫が誘導された人と誘導されなかった人がいる。約半数で免疫が誘導されたが、驚いたことには、経過観察は18カ月になるが、その免疫が誘導された人々にはまだ再発死亡した方がいないのである。

ここまで述べると、免疫が誘導された人と誘導されなかった人との違いが知りたくなる。論文にも当然、その解析、記載があり、これが癌の進行度や患者さんの年齢などの属性、全身状態ではなく、なんと切除された癌組織のクローン性、つまり多様性だ、というのだ。癌組織が比較的均一で単クローン性に近い患者さんでは、癌免疫が誘導されやすくRNAワクチンの効果があった、ということだ。言い換えれば、多様性のある癌はやっつけられなかった、ということになる。

癌細胞社会ですら、Diversityがある組織は強いと言えるのではないだろうか。

私は、癌に関するこのことをかなり以前から感じていて、昨年秋に開催させて頂いた第33回日本消化器癌発生学会総会のメインテーマを「癌細胞社会のクローナリティとダイバーシティ」とさせて頂いた。今回のNatureの論文を読むに、この感覚を強めるとともに、人間社会も癌細胞社会に学ぶものがあるのではないかと思う次第である。

【文献】

1)Rojas LA, et al:Nature. 2023;618(7963):144-50. doi:10.1038/s41586-023-06063-y

野村幸世(東京大学大学院医学系研究科消化管外科学分野准教授)[Nature][癌組織のクローン性]

ご意見・ご感想はこちらより

関連記事・論文

もっと見る

関連書籍

関連物件情報

もっと見る

page top