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『悪いがん治療』[なかのとおるのええ加減でいきまっせ!(396)]

No.5107 (2022年03月12日発行) P.67

仲野 徹 (大阪大学病理学教授)

登録日: 2022-03-09

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ある種の快感を抱きながら読んだ。漠然とそうではないかと勘ぐっていたことを、ものの見事に説明してもらえたからだ。がんの新薬が次々と登場している。もちろん画期的な薬剤もあるが、喧伝されているほどのことはないのではないか。腫瘍内科医がその真実をさまざまな角度から検証していく。

第1部「がんの薬の効果はどれくらいで、値段はどれくらいか」の冒頭では、いかに「がんの薬は値段が高すぎ、効果は小さすぎる」かという最大の問題が提示される。がんの治療薬は、全生存期間や生活の質から評価されるべきなのに、それ以外の恣意的ともいえる「代理エンドポイント」が使われることが多い。どうしてこれが医学的に誤りなのか、さらに、効果に見合った妥当な価格決定がなされていないことが多い、と話が進む。

「がんの医学をゆがめる社会的な力」と題された第2部は、まず、例外的に奏効した患者のエピソードが宣伝に使われることの問題点が挙げられる。そして、がん治療薬の承認、使用、支払いには経済的利益相反がありすぎることと、その害についての厳しい指摘だ。ある程度いたしかたのないところもあるのはわかるが、医学界における長年の悪しき慣習と言わざるをえないだろう。

意外だったのは、話題のプレシジョン・メディシンは、現時点ではそれほど優れているとはいえないのではないかという指摘である。ここのところは異論もありそうだが、相当な説得力を持って書かれている。

第3部「がん治療のエビデンスと臨床試験を解釈する方法」はやや専門的だが、臨床試験をどう組み立てるべきなのかが論じられている。既存の薬剤と新薬との比較試験がいかに難しい問題であるかがよくわかった。

最後、「解決」と題された第4部で、ここまでに論じてきた問題を解決する方法が示される。悪しき慣習とはいえ、長年にわたり踏襲されてきたやり方を変えるのは容易ではない。しかし、医療費が上がりすぎないために何らかの方策を打ち出さなければならない時期になってきていることは間違いない。

分子標的薬といえば、すぐに慢性骨髄性白血病のイマチニブと乳がんのトラスツズマブが思い浮かぶ。最初期に開発されたこの2つがあまりに画期的だったがために、目を眩まされてしまっているのではないか。ずっと抱いていた疑問に対する答えをきちんと与えてくれた。いやあ、スッキリしましたわ。

なかののつぶやき
「著者は、イマチニブの開発者であるブライアン・ドラッカーの弟子で、カリフォルニア大学サンフランシスコ校の疫学・統計学科准教授を務める血液腫瘍内科医です。こういう本を出すとは、ちょっと勇気ありすぎちゃうんかという気がするんですけど、どうでしょう」

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