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鞍上の備え[プラタナス]

No.5068 (2021年06月12日発行) P.3

粟屋幸一 (板橋中央総合病院呼吸器病センター長)

登録日: 2021-06-12

最終更新日: 2021-06-08

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  • 昭和54年12月に亡くなった父の診療机の抽斗から、一葉の古い写真とそれに添えたペン書きの一文を挟み込んだ小さな額が出てきた。読み取りにくい小さな文字が連なっていたが、何とか活字に起こしてみた。

    「昭和12年7月7日盧溝橋事変勃発:第20師団は応急動員にて7月12日出発:騎兵第28聯隊附二等軍医(軍医中尉)として出征す。部隊の特性上、行動中は友軍と遠く離れ、行李の到着は相当長期間に亘り期待し得ない場合が多く、編成定員軍医1、下士官1、衛生兵6名の携行する少量の衛生材料では戦傷病者の救護に欠陥する恐れがあったので、昭和12年12月山西省内にて、馬と軍用駄鞍を使用して、鞍上にても随時使用できる携行用医材を作り同行した。兵員500名1会戦、駐軍1ヶ月間の傷病者用最小限の材料を入れ組んである。内容は当時としては最も進歩したもので創傷傳染病用血清類、スルファミン剤、輸血具等もあった。半年間の経験をもとに急造したものであるから、検討の余地は多々あったが、この1頭の駄馬に依り部隊員の得た安心感は絶大なものであった。誰もこれを口には出さなかったが、行動中は全員此の駄馬に対して深い関心を示したのである。(中略)この医材はよく働いた。戦傷者を迅速に治療することが出来、部隊員に安心感を与え、無形の戦力となった。昭43.1.25記」

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