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『悪魔の細菌』とファージ療法[なかのとおるのええ加減でいきまっせ!(357)]

No.5068 (2021年06月12日発行) P.68

仲野 徹 (大阪大学病理学教授)

登録日: 2021-06-09

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「スーパーバグ superbug」という言葉をご存じだろうか。日本語だと「超多剤耐性菌」とか「スーパー耐性菌」という訳なのでなんとなくわかる。ほとんどの抗生物質に反応しない病原性細菌のことだ。CDCによると、米国では毎年280万人が感染し、うち3万5000人が命を落とすとされている。

カリフォルニア大学サンディエゴ校で教授を務める夫婦、社会生物学・心理学のトムと疫学者のステフの物語だ。エジプト旅行中、トムは急病に倒れる。現地での治療は無理と判断され、ジェット機でドイツへ飛ぶ。
そこで下された診断は急性膵炎と腹腔内の仮性嚢胞。その細菌培養の結果は、主治医が「この惑星で最悪の細菌」と呼ぶアシネトバクター・バウマニだった。聞き慣れない名前だが、日和見感染で院内感染を引き起こす厄介な細菌として知られている。

サンディエゴの病院へ移された後も、敗血症性ショックに陥り、死線から舞い戻るを繰り返すトム。196cm、130kgの巨漢とはいえ、人間レベルとは思えない快復力だ。効果のある抗生物質が尽きてしまったが、妻のステフはあきらめない。専門は医学ではないが、基礎知識があるので、治療法がないかとネットで文献を調べまくる。そして見つけたのがファージ療法だった。

ファージとは細菌に感染するウイルスで、宿主の細菌を殺すものもある。それを利用した治療法の歴史は古くて、1930年代にまで遡ることができる。ペニシリンのような抗生物質はおろか、サルファ剤のような抗菌薬よりも古くからある治療法だ。

広まらなかった最大の理由は抗菌薬、抗生物質の登場だが、ファージの精製がうまくいかなかったこともある。なにしろ、試みられた当時は、ファージ療法で治る人より命を落とす人が多かったというのだから。

幸いなことに、超多剤耐性菌対策として、ファージ療法は復活しつつあった。そのエキスパート、テキサスA&M大学のファージ技術研究センターと海軍の生物防衛研究部の研究者にたどり着く。そして実験的なファージ療法がおこなわれ、トムは生還する。まるで奇跡のようなストーリーだ。

散りばめられている写真が現実感をかき立てる。しかし、なんというガッツある妻と強靱な夫なんだ。そこに重なる偶然と幸運、人のつながりと適切な判断。ジェットコースターのようなスリルと面白さだ。

なかののつぶやき
「2段組で400ページ近い大部な本なので、書店で手に取っても、一瞬ひるんでしまうかもしれません。でも、心配ご無用。どん底の時でさえユーモアあふれる筆致で、一気に読めます!」

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