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ちょっといい話[なかのとおるのええ加減でいきまっせ!(347)]

No.5058 (2021年04月03日発行) P.66

仲野 徹 (大阪大学病理学教授)

登録日: 2021-03-31

最終更新日: 2021-03-30

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早いもので連載が始まって7年。来年3月の定年をキリに連載終了の予定なので、最後の1年になりました。でも、新年度らしく気分もあらたに、ちょっといい話を。

毎年、特別授業におよびいただいているとある高校で、1年生全員を対象に命の選別の話をした。2年半ほど前のことである。

授業の半ばくらいだったろうか、ひとりの女の子が目にとまった。もしかしたら先天性の疾患かという気がした。生命倫理関係ではかなり慎重に話をするのだが、この時はいつも以上に気をつけた。
生徒たちは体育館の床に座って聞くという、経験上、質問の出にくいシチュエーションである。ところが、質問はありませんかと尋ねると、その子が真っ先に手を挙げた。

うわっ、きたっ。やっぱり思ったとおりか。一瞬、アドレナリン値の上昇したのがわかった。いや、十分に注意して話したから大丈夫なはずだと気をとり直したが、当事者からすると違うかもしれない。ドキドキ。

「私は、母の胎内にいる時、異常があるかもしれないと診断されました。でも、産んでもらえて本当によかったと思っています」。

全身から力が抜けるような気がした。「そうでしたか。コメントしてくれてありがとう。素晴らしいご両親に感謝してくださいね」と返事するのが精一杯だった。後で、先生方も発言に驚きながら、絶賛しておられた。友人に病気のことをどれくらい伝えていたのかはわからないが、とても勇気のいる発言であったことは間違いない。

講演の後、希望する生徒と面談する機会が設けられている。その子も来てくれた。もちろんすごくうれしかった。明確な将来の夢があって、理系の学部に進みたいのですが、どこがいいですかという質問だった。

知っている限りのことを伝えた。そして、ちょっと難しいかもしれないけれど、関係する内容も書いてあるから、拙著『エピジェネティクス 新しい生命像をえがく』(岩波新書)を送りますね、と約束した。

しばらくして、簡単だけれど、感想が送られてきた。次の年にその学校を訪問した時も、元気にしていますと顔を見せにきてくれた。そしてこの3月、第一志望の大学・学部に合格しましたとの報告が!
嬉しかった。思わず涙が出たほどだ。稀とはいえ、こんな素敵な出会いがあったりするから講演に行くのが大好きなんですわ。

なかののつぶやき
「2年半ほど前に『むっちゃええ話』というタイトルのエッセイを書いてます。それも講演で出会った子─当時中学校3年生だった女の子─とのエピソードです。タイトルは『むっちゃええ話』と『ちょっといい話』ですけれど、いずれ甲乙つけがたい嬉しい経験です。こういう出来事があるから人生って面白いなぁとつくづく思います。『むっちゃええ話』、興味のある方は、【仲野×ええ加減×227】で検索して読んでみてください」

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