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剖検記録からみた新型コロナウイルス感染症[エッセイ]

No.5056 (2021年03月20日発行) P.64

小林 寛 (立川綜合病院病理診断科主任医長)

登録日: 2021-03-21

最終更新日: 2021-03-16

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野口英世の剖検記録

私は新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐ「新しい生活様式」を実践しながら、隣接県の猪苗代町にある野口英世記念館を訪ねた。その際、たまたま同記念館に展示されていた、アフリカ・ガーナで黄熱病に倒れた野口英世の剖検に関する報告書を読むことができた1)。死亡は1928年5月21日であった。なお、野口の母シカはスペインかぜで1918年11月10日に亡くなっている。解剖は彼の同僚で病理医のウイリアム・ヤングが行い、数名の医師が立会している。私は病理専門医の端くれにもかかわらず、野口の剖検が行われていたことも、このような報告書があることも恥ずかしながら知らなかった。

その剖検記録を読んで私が推測した、黄熱病で亡くなった博士の身体変化は、以下のようである。全身の黄疸、肝臓の細胞障害から重症の黄熱病による変化が肝臓にあったと思われる。腎臓には黄疸が強いために起こる障害(専門用語で胆汁性腎症)があるようだ。肺は出血があり硬いとあるが、びまん性肺胞障害(以下、DAD)であった可能性もある。しかし、臓器の重量の記載はなく、顕微鏡での観察結果もわからないので断定はできない。体格は小柄(身長153cm)だったが、血液を送り出す左心室壁が1.9cmと厚い。大動脈硬化の記載があるので、高血圧性の心肥大だったかもしれない。これも臨床情報がないので早計に判断はできない。

解剖を行ったヤング自身も剖検の8日後に亡くなった。詳しい情報は手元にないが、おそらく、死因は剖検を行ったことによる黄熱病ウイルス感染であろう。彼は多分マスクや手袋を着用していただろうが、感染防具は今日と比べればかなり不十分だったと推測できる。

ところで、日野原重明の敬愛したウィリアム・オスラーは、内科医だったが病理解剖にも熱心で、自身が看取った患者を自分で解剖した。彼は解剖を素手で行い、手指に結核性イボ(別名、剖検者のイボ)ができ、オレイン酸塩で取り除いたと自伝にある2)。ちなみに、手術用の使い捨てゴム手袋は、乳癌の根治手術法で有名なウィリアム・ハルステッドが1890年に考案し、タイヤメーカーのグッドイヤー社に依頼してつくった3)

SARSとMERS剖検報告

感染症は時代が進んでも防ぐことが難しい。中国の関東省で2002年11月中旬に起こった新型コロナウイルス感染症(以下SARS、ウイルスはSARS-CoV)では、中国国内で5327名の感染者、349名の死亡者(致死率7%)が出た。中国における犠牲者3名の最初の剖検報告が、2003年5月頃になされた4)。肺の変化はいずれもDADで、肺動脈には血栓があった。全身の血管に炎症が観察された。リンパ節や脾臓のリンパ組織に壊死があった。電子顕微鏡でウイルス粒子を確認した。SARSは多臓器を障害する全身性疾患であることが指摘された。その後、シンガポールからも8名のSARS剖検例における肺の変化が報告された5)。いずれの肺も主な変化はDADであった。

さらにカナダでは251名の感染者、43名の犠牲者(致死率17%)が出た。トロントでは2003年3~7月に出た20名のSARS犠牲者の剖検記録が2005年に発表されている6)。報告では同様の急性呼吸器症状を示したSARSと非SARS症例とにおける肺変化の違いについて詳細な比較がなされた。SARS症例では血管内皮の障害が目立つものの、顕微鏡の検討において2つのグループ間に明確な違いは見出せなかった。他の病原菌感染も15%にみられた。

なお、剖検に際しては適切な感染防御対策(N 95/N97マスク、アイシールド、フード、手袋、エプロンなど)が行われたとの記載がある。しかし、カナダにおける初期のSARS数例の剖検例は「謎の肺炎のような病気」に対して行われたため、適切な対策がなされたかは不明である7)

次に現れた新型コロナウイルス感染症である中東呼吸器症候群(以下MERS、ウイルスはMERS-CoV)が、2012年にサウジアラビアを中心にアラビア半島で発生した。2015年までに感染者数が1354名、死亡者が520名になった。特に、サウジアラビアでは犠牲者が486名(致死率41.8%)に上り、韓国でも20名の犠牲者が出た。しかし、その犠牲者の剖検はほとんどなされず、2016年半ばになってようやく最初の剖検報告がなされた8)

SARSと同様にDADがこの患者の死因であった。MERS-CoVが肺胞上皮細胞に感染していた。このウイルスは、DPP4という上皮にある受容体を介して感染することも示唆された。なお、SARS-CoVが細胞に侵入する際に利用する受容体ACE2は、SARS発生後速やかに同定された9)

COVID剖検時の感染リスク

世界的な広がりとなったSARSコロナウイルス2型(SARS-CoV-2)による新型コロナウイルス感染症(以下、COVID-19)は、2021年2月17日現在、世界の感染者数が1億800万人余り、死亡者数も240万人以上に達している。パンデミックの初期には感染のリスクを考慮したためか、剖検を控えるべきとの勧告や剖検を避けようとする動きがみられた。しかし、多くの医療スタッフには医療現場のすべてのものに感染のリスクがあり、予めそれを知る完璧な術はないという認識がある。

紆余曲折を経ながらも徐々にCOVID-19の剖検が行われるようになった。当初に危惧された剖検での感染は、ドイツでの150例以上の剖検に携わった専門家の間にはないと報告され、米国のアンケート調査では225剖検例の従事者の間で1例の感染者が出たと記録された10)。しかし、この感染者は剖検からでなく、市中感染の可能性が高いと考えられている。

COVID-19の剖検報告

ドイツのハンブルクでは2020年3月20日~4月18日にCOVID-19の犠牲者80名に対して剖検が行われ、その詳細な記録が同年7月に発表されている11)。SARSやMERSと同様にDADや気管支肺炎が起こっていることが確認された。そして、死亡者のほとんどが糖尿病、心臓病、慢性閉塞性肺疾患(COPD)などの持病を有していた。さらに、死因となるような肺動脈塞栓症が多い傾向にあり、深部静脈血栓症が高率に起きていることが指摘された。全身の血管に起こる変化は、ウイルスが血管の内皮細胞に感染し炎症が生じるためであることが、剖検例を用いた他のいくつかの研究でも裏づけられている12)13)

この仕事に携わったハンブルクの剖検医たちは、剖検は新しい病気とその経過に関する大切な見方を提供するとともに、病気の正確な統計記録にも必須であると報告の冒頭で述べている。

もう1つ興味深いCOVID-19に関する報告が、スイスのチューリッヒからオンラインで2020年11月に出された14)。それは、COVID-19の剖検75例、2009~20年のインフルエンザA感染症剖検12例、さらに、スペインかぜ(1918~19年に起こったインフルエンザA感染症)剖検411例を比較検討したものであった。前述のCOVID-19剖検報告でも指摘された肺血栓性塞栓症、深部血栓症が、この報告ではいずれも36%の頻度であったが、2つの異なる時期のインフルエンザA感染症剖検例ではまったくみられなかった。そして、インフルエンザA感染症では、気管や太い気管支の炎症とともに気管支肺炎がほぼすべての症例に観察されるのに対して、COVID-19では33%しかみられなかった。

以上の事実から、抗菌薬がまだなかった時代とその使用が十分に可能である時代の違いにもかかわらず、2つのインフルエンザA感染症では犠牲者の多くが二次性の細菌感染で死亡したことが示唆される。一方、COVID-19犠牲者の多くはDADおよび多臓器不全で亡くなったことも指摘できる。

さらに興味深いことは、COVID-19犠牲者の多くは高齢者であるが、スペインかぜ犠牲者は高齢者に加えて、乳児および20~30歳代の年齢域にも多いことである14)。日本でも2つの異なる感染症の犠牲者は異なる年齢分布を示す。すなわち、COVID-19では20歳未満の死亡者はなく、20~30歳代では12名(0.35%)で、60歳代以上が3273名(94.3%)である15)。日本におけるスペインかぜは、いずれの世代にも大きな影響を与えたが、死亡者数が特に20~30歳代に多かった16)。COVID- 19から少し外れるが、スペインかぜの死亡率がチューリッヒでは13%だったとされるが、日本では1.65%と指摘されている14)16)。いずれでも第一波より第二波において死亡率が高かった。

ところで、剖検記録では新型コロナウイルス感染症に共通する人体変化が報告される一方、同様の病気で亡くなった個々人の異なる変化も詳しく記述されている17)18)。たとえば、心臓、腎臓、肝臓、消化管、脳などの変化である。脳の変化では嗅球や延髄への強いリンパ球浸潤などもある。嗅球へのリンパ球浸潤は臭いの感覚の消失と関係するかもしれないし、延髄へのリンパ球浸潤は呼吸機能の悪化と結びつけられるかもしれない18)

剖検では個々の事象の解釈には慎重を要するが、詳細な人体変化は剖検の観察記録において見逃してはならない事柄である。COVID-19の肺変化だけをとっても、ウイルス量、障害の程度、顕微鏡的な変化が症例それぞれに異なることが見出される19)。不要不急にみえるような小さな事柄へのこだわりが、病気に対する新たな理解、さらには、新たな病気の発見にもつながることを忘れてはならない。

剖検記録を残す意義

みてきたように、新型コロナウイルス感染症の剖検報告は、古い医学・医療の一分野である剖検の価値について再認識を促したように私には思われる。剖検記録は、病に倒れた集団の公衆衛生学上の記録であるとともに、病気の多様性を雄弁に物語る個人の病の記録でもある。

近年、剖検は新型コロナウイルス感染症以前から各国で減少傾向にあるが、このパンデミックにおいてさらにその傾向が加速したようである。このような時にこそ、病に倒れた人々の人体を詳しく観察し、その変化を克明に記載し、次の世代に記録として残す剖検の価値が改めて見直されるべきと私は考える。

【文献】

1) ガーナ大学野口記念医学研究所寄贈文書:野口英世剖検所見記録. 野口英世記念館所蔵.

2) Bliss M:William Osler. A life in medicine. Oxford University Press, 1999.

3) Kean S:“The nurse who introduced gloves to the operating room”. Distillations. Science History Institute, May 5, 2020.

4) Ding Y, et al:J Pathol. 2003;200(3):282-9.

5) Franks TJ, et al:Hum Pathol. 2003;34(8):743-8.

6) Hwang DM, et al:Mod Pathol. 2005;18(1):1-10.

7) Sharon K:“Pathologists work on the thin edge between death and life”. Postmedia News. Oct 16, 2010.

8) Ng DL, et al:Am J Pathol. 2016;186(3):652-8.

9) Kuba K, et al:J Mol Med(Berl). 2006;84(10): 814-20.

10) Sperhake J-P:Legal Med. 2020;47:101769.

11) Edler C, et al:Int J Legal Med. 2020;134(4): 1275-84.

12) Ackermann M, et al:N Engl J Med. 2020;383 (2):120-8.

13) Varga Z, et al:Lancet. 2020;395(10234): 1417-8.

14) Burkhard-Koren NM, et al:J Pathol Clin Res. 2021;7(2):135-43.

15) 厚生労働省:新型コロナウイルス感染症の国内発生動向(速報値).
   [https://www.mhlw.go.jp/content/10906000/ 000716059]

16)池田一夫, 他:東京健安研セ年報. 2005;56:369-74.

17) Menter T, et al:Histopathology. 2020;77(2): 198-209.

18) Schurink B, et al:Lancet Microbe. 2020;1(7): e290-9.

19) Nienhold R, et al:Nat Commun. 2020;11(1): 5086.

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