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佳きこと[炉辺閑話]

No.5045 (2021年01月02日発行) P.95

黒羽根洋司 (前 黒羽根整形外科理事長)

登録日: 2021-01-04

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小学2年生になる孫娘がホテル椿山荘東京主催の「椿山~つばきやま~」復活記念植樹式の作文コンテストに応募し、当選したという知らせが届いた。受賞者による記念植樹式への招待と家族4人の宿泊という豪華なものである。作品の題名が「わたしのバラの木」、これまでの当選者の作文に比べても遜色のない、なかなかのレベルである。自粛生活で会えなくていた孫娘は、私を驚かすほどに成長していた。そして、この知らせは、私に遠い昔を回想させるものとなった。

がんの告知など本人はおろか、家族全員にすら行われなかった時代のことである。小学5年生の私は、「よいことであれば、どんな小さなことでも」入院中の父親に話すように言われていた。

父は夏に母校の大学病院で開腹手術を受けたが、経過が思わしくなく、市内の病院に入院していた。それが不治の病であることも、やがては永遠の別れが待っているとも知らず、私は父が喜びそうな学校の出来事や、先生から褒められたことなどを病院に行って話した。私の頭をなでながら嬉しそうな顔をする父を見たいがために、百点をとった答案用紙や、赤丸のついた習字などを得意げに広げていた。

日に日に痩せていく姿は、子どもながらにも父がただならぬことになっているのを感じ始めていた。そして永別の日がやってきた。

今、私は病に伏せているわけでもなく、ただ心晴れない日々を送っているに過ぎない。

痛みと無念さと闘っていた父を想えば、コロナ禍ごときで気鬱になってはいられまい。それにしても、孫娘からのいい知らせは老夫婦の自粛生活を明るくする一筋の光となった。さらに、今になって、62年も前の私のささやかな「よきこと」も父に安らぎを与えたに違いない、とさえ思うようになっていた。

庭に植えたバラの木といっしょに成長したいと文を結ぶ孫娘の未来を夢みながら、私は遠い昔の数シーンを思い描いている。

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