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医療者は死ぬまで勉強:臨床研究のススメ[炉辺閑話]

No.5045 (2021年01月02日発行) P.37

吉村芳弘 (熊本リハビリテーション病院サルコペニア・低栄養研究センターセンター長)

登録日: 2020-12-31

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医療者は忙しい。これを正面から否定する人はいないだろう。医師だけでなくあらゆる医療者は、潤沢であるとは決して言えないヒト、カネ、モノの環境で、患者のため、という崇高な目的のために日々働いている。

しかし、医療者は働きながら絶えず自己研鑽をしなければならない。なぜか。医療者の不勉強は患者の健康・生活・財産を直撃するだけでなく、国家・社会の医療体制を直撃するからである。あなたやあなたの愛する人が患者だったら、不勉強な医療者に診療やケアをしてほしいとは思わないだろう。不勉強で怠惰な医療者は淘汰されるべきであると、私は心から思っている。

医療者の自己研鑽の延長のひとつに臨床研究がある(と私は思っている)。臨床研究は自己研鑽なくして成立しない。臨床研究を始めるためにはきっかけが必要である。自分がわからないことや自分が知りたい事柄に対して、教科書や文献を読み漁るのは基本的に「楽しい」。そして、楽しいことを勉強の対象とすると、忙しさを忘れるほど熱中する。臨床上の疑問を自分で解決する過程こそが臨床研究であり、楽しみながら自己研鑽を続けるコツである。

日常の臨床業務の中で信頼性や妥当性のある評価を行い、データを記録することは何も研究が目的であるばかりではない。むしろ、よりよい臨床プラクティスのためである。また、データをきちんと蓄積していけば、それが患者の声を反映する貴重なデータベースとなる。研究のためのデータ収集ではなく、日常の臨床プラクティスの検証作業として、その延長線上に臨床研究がある。

さらに、臨床研究は医療者の人生を豊かにする。研究は目の前の患者および、まだ見ぬ世界中の患者のために行うものであるが、研究者自身の臨床の視点が広がる。患者に密に接していれば研究のアイディアがさらに増える。研究をすれば臨床がおろそかになる、と言う人もいるが、正反対である。研究は臨床への意欲をかきたてる。大学や研究機関に所属していない医療者こそ臨床研究に挑戦してほしい。

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