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師の教え「生命観、疾病観」を思う[炉辺閑話]

No.4993 (2020年01月04日発行) P.12

巽 浩一郎 (千葉大学大学院医学研究院呼吸器内科学教授)

登録日: 2020-01-01

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高校3年生の時、感冒をこじらせ近医を受診した折、ヒトに興味があり医学部受験を考えていますと言ったところ、その祖師谷の開業医 安間弘樹先生は、ご自身で書かれた世田谷区医師会報に掲載(昭和47年6月、第22巻第2号)された「老子書に見出される疾病観」という随筆をゼロックスし、老子の思想に関して話をしてくれた。「病気は人間にとって、或る種の安らぎであり、フレンドである。西洋医学の価値判断に盲従し、病気は何が何でも治すべきであり、病気なるものを悪鬼を追い払う様に駆逐することを至上使命であると考えてきた私ども医師にとって、冷静に、生命、病気、死、治療の意味をそれぞれ原点に立ち返って熟考する必要があるのではないか」という趣旨であった。安間先生にお目にかかったのはそれきりであったが、先生より教えて頂いた疾病観が漢方の師匠を導いてくれたと思う。

卒後2年目、故 池田和広先生に弟子入りし、住み込みで千葉古法と言われる漢方医学の研修をした。池田先生からは「病気でなく病人を診る、医師が病気を治すのではなく、ヒトの自然治癒力が病気を回復させるのである」という考え方を学んだ。所属していた医局の命で、初期出張の多摩総合医療センターに異動することになったが、この時、池田先生は「漢方を勉強する前に西洋医学で一流になれ、そうでないと誰も漢方医学を信じてくれない、西洋医学に戻れ」という言葉で送り出してくれた。

その後、アカデミアの中で医師人生の大半を過ごすことになった。アカデミアとは医療、医学を科学で証明する、研究成果の創出が必須な世界である。

今では漢方の世界にもエビデンスという概念が取り入れられ、分析的研究が進行している。大学でも漢方医学を手放さず、漢方医学を科学的に位置づけ、スタンダードな治療法として確立させるために努力した。そこには生涯かけて漢方医学に取り組んでおられた恩師への敬意が常にあったと思う。

科学としての医学に関わる以上、視野は分子病態レベルでの疾患の解明に及ぶが、若い時に出会った「老子の生命観(病気との共生)」、そして「老子書に見出される疾病観」は、西洋医学の中で医師人生を送ってきた今でも自分の根本になっている。多忙に追われてはいるが、生命、病気、死、治療の意味を突き詰めて考え続けたいと思う。

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