株式会社日本医事新報社 株式会社日本医事新報社

CLOSE

外岡秀俊作品を再び読む[炉辺閑話]

No.4993 (2020年01月04日発行) P.76

中野 武 (安曇野赤十字病院病院長/信州大学医学部臨床教授)

登録日: 2020-01-05

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

書店には新刊書が溢れ、新しい小説が次々と登場します。新人作家達の才能溢れる物語展開に馴染むのが、最近不得手になってきたようです。老いの徴候とも言えそうです。一方で、過去に出会った小説を時を大きく経て読んでみて、新たな感動や発見に出合います。

古書市でみつけた作品のことです。『北帰行』。当時学生だった外岡秀俊という方の小説です。1976年に河出書房の文藝賞を獲得しています。表紙のデザインから当時の記憶が蘇り、学生時代に出会った一冊だと気づきました。医者になり転勤の繰り返しの間に、他の本と一緒に失われたらしい。今一度読んでみて作品に浸ってみました。石川啄木の旅路に主人公の心の軌跡を重ねた彷徨の物語です。若き日の揺れ動く心の描写がみずみずしい。その冒頭が北に向かう夜汽車の場面。風景、状況表現の緻密さに感動します。夜汽車で迎える朝。色彩が失われた早暁の雪景色。あたりが明るくなるにつれて色彩が戻ってくる。悲しさ、寂しさの中に、新しい何かが生まれる予感。そこに広がるのは萩原朔太郎の『夜汽車』と並ぶ優れた詩的風景です。

卒業後に大手新聞社に入社した外岡氏。特派員としての記事に、何処かで出会っているはずです。

ジャーナリストではない小説家としての外岡氏の作品に何年か前に再会しました。脳間海馬移植を扱った医療サスペンス『カノン』です。別のペンネームを使用していますが、『北帰行』外岡秀俊の作品。肉体の入れ替わり、記憶、人格、心とは何か、そして神の存在について考えさせる作品です。私は今この作家が気になっています。

関連記事・論文

もっと見る

関連書籍

関連求人情報

もっと見る

関連物件情報

もっと見る

page top