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「邯鄲の夢」と浦島太郎[炉辺閑話]

No.4993 (2020年01月04日発行) P.67

谷内一彦 (東北大学大学院医学系研究科機能薬理学教授)

登録日: 2020-01-05

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私の趣味は中国の歴史小説を読むことである。高校生のときからかなり読んでいるので、私のところに来る中国人留学生より中国史に詳しいと自負している。

私の好きな時代は春秋戦国時代で、紀元前770年の東周から紀元前221年に秦の始皇帝が中国を統一するまでの時代である。この時代には面白い人物がたくさん出てくる。儒教や老荘思想など、日本に大きな影響を与えた思想が生まれたのもこの時代である。別な見方をすれば、現代の日本の生き写しのような時代であり、現代の中国より日本にその原形が残っていると思う。「邯鄲の夢」の邯鄲は趙の都であり、春秋戦国時代を扱った歴史小説ではよく出てくる都市である。黄河の北に位置する河北省南部にあるそうだが、私は訪れたことはない。盧生という青年が、身を立てようと揚子江流域の大国・楚へ向かう途中、邯鄲の地で道士に枕を借りてひと眠りし、栄華を尽くした一生を送るが、目覚めてみると、まだ炊きかけのご飯もできあがっていないほどの短い時間にすぎなかったという故事である。

最近、還暦を過ぎて退職まで近くなってくると、医学部に入学し医師になり、博士号を取得後に米国留学して、教授になって退職するまでのことが「一炊の夢」のように束の間の出来事であったように思える。私たちの年代は博士号を取得し、米国留学をするのが夢であり目標であった。近年、医学部卒業後の初期研修が必修化されて、その後に専門医取得をめざす学生が増えていて、基礎医学で研究を行う医師が減っている。自分の子どもより若い学生に教授として接していると疎外感を感じ、また学生にとっても自分が「浮いている」存在であることに気づかされることがある。

自分は盧生が夢で見た栄華を尽くしていないように思う。どちらかというと40年近く、興味のある薬理学研究に取り組み、退職を迎えて夢のような研究生活(竜宮城)が霧のように消えていくように思える昨今である。玉手箱を開けて白髪の老人に化した浦島太郎の気分で、次に何をすべきか考えている。

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