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体温版は語る[炉辺閑話]

No.4993 (2020年01月04日発行) P.24

田中良哉 (産業医科大学大学院医学研究科科長/医学部第1内科学講座教授)

登録日: 2020-01-02

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当講座では昭和54年の開講以来、すべての入院患者に体温版を作成している。初代鈴木秀郎教授が前任の東大から持ち込まれ、脈々と継承されている。所定のA3用紙に4週間分の体温、脈拍、血圧、主要な治療、検査計画、検査結果を記載し、各々の患者の現状と経過をオーバービューできる。日常診療、患者説明、カンファレンス、教授回診などを含め、常時活用されている。

毎週の教授回診前カンファレンスでは大きなスクリーンにて供覧され、A4サイズにまとめた新患紹介、週間患者報告、画像所見とともに、各々の患者の貴重な情報を提供する。抗菌薬、副腎皮質ステロイド、バイオ製剤などの治療が奏効して体温のピークが正常化し、検査値も呼応して改善傾向にある体温版をみると、とても気持ちが良い。患者もそうだろうと想像するだけでも嬉しい。逆に、治療しても熱型に変化がないと、診断や治療について激しい議論になることもある。

体温版には、時に重要なヒントが隠されている。

弛張熱、関節痛、白血球増多を認め、抗菌薬で改善しない患者が入院してきた。抗菌薬の投与ごとに発熱ピークが高くなっていった。発熱時に定型的発疹をみつけ、成人スチル病と診断した。感染症、膠原病、悪性腫瘍などは否定され、不明熱として入院してきた患者がいた。肝障害もあり、約15種類の薬剤をほとんどすべて中止した結果、熱型も検査値も改善した。

稽留熱で入院してきた女子高校生は、熱型は正常、検査、診察所見で特記事項はなく、不明熱だった。退院の話をした途端に高熱が再燃し、看護師が腋窩に使い捨てカイロをみつけた。家庭に問題があった。

カルテ、画像もすべて電子化されている中で、手書きの体温版は時代遅れで、業務の多い病棟主治医には負担ではある。しかし、1人の患者の状態を毎日手書きしていれば、新たな情報を得るのみならず、患者に一歩近づけた気持ちにならないだろうか。手書きの体温版から主治医の温もり、厳しさ、真剣さを感じているのは私だけだろうか。静かに語ってくれる体温版と毎週向き合うことを、最近は楽しみにしている。

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