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医史からみた妊産婦の命を守る闘い⑤─子宮収縮薬[エッセイ]

No.4970 (2019年07月27日発行) P.62

水田正能 (安来市立病院地域医療部長・婦人科部長)

登録日: 2019-07-28

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妊産婦の命を救うための子宮収縮薬の役割は、微弱陣痛などで分娩が長期化すれば母体のリスクが高まるので、薬物による分娩促進を試みることである。また、産後の弛緩出血の恐ろしさは、産科医であれば皆知るところであり、産褥子宮の収縮は大出血の防止に必須である。

まず、子宮の収縮の目的で歴史的に使われた薬物の代表格がキニーネ(quinine)である。キニーネは言わずと知れた、医学史で有名なマラリアの特効薬で、登場エピソードには必ず美貌のキンコン伯爵夫人が、キナ皮によりマラリアから助かった逸話が登場する。日頃の徳行が夫人の命を救ったと伝えられ、夫人は貧者にもこの妙薬を頒ち与え、さらに欧州に持ち帰って広めたというのである。Carl von Linné(1707~1778)は、この木を新種と同定し、夫人にちなんでCinchonaと命名したが、この逸話はまったくの架空だったと言われている。

キニーネは、1820年にPierre-Joseph Pelletier(1788~1842)とJoseph Bienaimé Caventou(1795~1877)により、主成分のアルカロイドが単離され、1870年代、ジャワで多量に栽培されたキニーネがヨーロッパに輸送され、さらに科学的分析により陣痛誘発など、子宮収縮薬として認知された。こうして、キニーネは産科で広く使われるようになった。しかし、この時代の子宮収縮薬投与の目的の多くは中絶で、キニーネもその例外ではない。

エドワード・ショーターによれば、1863年に、英国のウィッチフォードの女性は中絶目的にキニーネを飲んでおり、1897年に「キニーネは中絶用に広く使われている」との医師の記録があるという。また1913年、ある助産婦は公の場で、バーミンガム付近の女性は単鉛硬膏に加えて「多量のキニーネ結晶をとるのが目下の流行だ」と証言した。しかし、キニーネを使って満期産に陣痛誘発を行うと、仮死や子宮内胎児死亡が少なくないことなどから、1960年頃以降の使用はなくなった。

現在最も汎用されているオキシトシンは1895年、George Oliver(1841~1915)らが下垂体のエキスに血圧上昇作用があることを認め、1898年には、William Henry Howell(1860~1945)がこの成分が下垂体後葉にあることを発見した。その後、1906年までにRudolf Magnus(1873~1927)、Henry Hallett Dale(1875~1968)らの研究から抗利尿作用と子宮収縮作用が認められ、1928年にOliver Kamm(1888~1965)らによりオキシトシンとバソプレシンとに分離された。そして、1949年にVincent du Vigneaud(1901~1978)らにより抽出され、さらにアミノ酸配列が決定、蛋白質系ホルモンとして初めての化学合成がなされた。1956年には既に合成オキシトシン製剤が現れ、子宮収縮薬の主流となった。

現在の子宮収縮薬の両極にあるプロスタグランジンは、1968年にSultan M. M. Karimにより報告された。ロンドンで娩出後の臍帯血管閉鎖機序を研究していた Karimは、臍帯からの抽出物中に平滑筋刺激物質があり、それがプロスタグランジンだと気がついた。そして羊水中から幾種類のプロスタグランジンを抽出し、陣痛の誘発促進に使うことを試みた。1968年、副作用のないことを確認した後、妊娠後期の胎児死亡の症例や、満期の産婦に投与して分娩誘発に成功した。また、彼はオキシトシンと違って、妊娠時期に関係なく子宮を収縮させるばかりでなく、頸管拡張作用もあることに注目して、特に中期中絶に使用した。現在、中期中絶にプロスタグランジンは欠かせない。

彼はその後、ウガンダの悪名高きアミン大統領の狂信的政策で香港に追われ、その後シンガポールに逼塞したと聞くが、その後のことは様々検索したが判明しなかった。

マメ科植物エニシダなどに含まれるアルカロイドであるスパルテインが、頻用されていた時代があった。スパルテインは静注すると反応が早く、子宮体部は収縮するが子宮頸部は収縮しないことなどの事実から、分娩時胎児娩出直後に静注すると胎盤娩出が早く、子宮出血が少なかったと安井修平氏は書いている。また、同氏はスパルテインの効果は一般の認めるところで、スパルテインについて、一度も危険性を認めなかったと絶賛している。

子宮の収縮は、様々な形で母体の命を左右する。収縮薬は、いずれの時代でも産科医にとって欠かすことのできないアイテムであった。

【参考】

▶ ジョン・マン:殺人・呪術・医薬―毒とくすりの文化史. 東京化学同人, 1995.

▶ エドワード・ショーター:女の体の歴史. 勁草書房, 1992.

▶ 品川信良:医事新報. 1987;3290:67-70.

▶ 佐藤和雄, 編:産婦人科20世紀の歩み. メジカルビュー社, 1999.

▶ 林 義夫:医事新報. 1985;3210:67.

▶ 安井修平:医事新報. 1978;2802:10.

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