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虐待の連鎖はあるか[先生、ご存知ですか(17)]

No.4957 (2019年04月27日発行) P.62

一杉正仁 (滋賀医科大学社会医学講座教授)

登録日: 2019-04-26

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私の講座では、「矯正医療」といって、拘置所や少年院入所者に対する医療を担っています。少年院には触法少年が入院しており、その中には幼少期から虐待を受けていた子が多くいます。

児童虐待防止法が2000年11月に施行されましたが、法務省の法務総合研究所では同年7月に、全国の少年院に在院する2300人以上の少年を対象に被虐待経験の調査を行いました。その結果によると、父・母・祖父・祖母のいずれかから、身体的暴力、性的暴力、ネグレクトのいずれかを繰り返し受けたことがあったのは約半数であり、女子に多い傾向が認められました。

その後、2015年から2016年にかけて、全国の少年院に在院する少年を対象に、被虐待経験の調査が再度行われました。この調査は、本人と保護者のいずれからも同意が得られた場合を対象としていたので、約400人への調査となりました。その結果、虐待を受けた経験があったのは60.1%であり、最も多かったのは身体的虐待でした。保護者が同意した例を対象にしていること、発達早期に虐待を受けた場合は少年の記憶に残らないことを加味すると、さらに多くの少年で被虐待経験があると考えられます。さらにこの調査では、ほぼすべての少年が、虐待を受けた後に非行に走っていることがわかりました。このように、虐待を受けたことで、自らが相手に暴力を振るったり、触法行動に出たりする傾向が明らかになっています。

そのほかに、1歳児に対して身体的虐待、心理的虐待、ネグレクト、性的虐待を行った母親と、普通に子供を育てている母親を比較した調査もあります。その結果によると、虐待を行った母親では、自らが子供のころに母親から不適切な養育を受けていた経験が有意に多いことがわかりました。そして、当時の母親に対して、拒否された、放置された、脅威を感じたというイメージを持っていたそうです。残念ながら、虐待の連鎖は「ある」というのが現状です

自らが子供の頃に愛着を受けていないことが、心理発達に影響を及ぼし、自身の子供に対する敵意や暴力につながっているのです。したがって、子供が恐怖や危機を感じて母親に接触や助けを求めてきても、それを受け入れることができず、拒否するか無関心になってしまいます。

現在、児童虐待の予防のためにさまざまな取り組みが行われ、子供を育てる知識やスキルを母親に教育していく取り組みもみられます。しかし、虐待を行う母親は子供のころに受けた経験によって、自身の子に対して愛着を持てなくなっているのです。したがって、子育てのスキルや知識を伝授することは根本的な解決になりません。虐待を受けた子に対しては長期的に心理的アプローチを行うことが重要です。

虐待の連鎖を断ち切ることに関する興味深い研究結果があります。被虐待者でも、子供の時代に、虐待した親に代わって愛情を注ぎ支援をしてくれる人がいた、恋人や夫など情緒的なサポートをしてくれる人がいた場合には、虐待の連鎖が断ち切れたそうです。また、心理療法を受けた場合にも効果があったそうです。

増加する児童虐待への予防策として、虐待の連鎖を断ち切る社会的な取り組みが必要です。しかし、そもそもは子供が虐待されない社会をつくらなければなりません。その達成には時間がかかりますが、今すぐできることは、児童虐待防止法の下に虐待を可能な限り早期に発見することです。起きてしまったことは残念ですが、被虐待児の心身における障害が最小限の段階で親子を継続的にフォローしていくことが必要ではないでしょうか。

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