私が忘れられない症例は多くの医師とともに治療を行った褐色細胞腫の患者である。症例は18歳男性で生後間もなくてんかんの発作から重度の脳機能障害を併発し、それを機に寝たきりとなった。数年前から食事は胃瘻を用いた経管栄養で、手足の筋は萎縮し変形と拘縮を伴っていた。肝膿瘍の診断で入院となり膿瘍精査中、右副腎に約6cmの褐色細胞腫を認めた。
肝膿瘍は経皮経肝ドレナージと抗菌薬治療で軽快した。18歳としては小学校高学年のような小柄な体格で予備能が少なく、手術のリスクは高い。両親へ手術の方法と合併症などを十分に説明した。母親は18年間一度も褥瘡を作らずに自宅で介護し、今後も自宅で介護するために是非とも息子の腫瘍を摘出して欲しいと希望された。息子さんを産んでから幾多の希望と挫折を経験したであろう家族の強い絆と、母親の凛としたすべてを受け入れる覚悟を感じ、それに応えるべく私も覚悟を決め肝臓外科医や麻酔科医と綿密に手術計画を議論した。
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