【TGN1412事件のインパクト】
2006年,英国で行われたTGN1412(ヒト抗CD 28モノクローナル抗体) first in human(FIH)試験の初回投与で,実薬投与を受けた6例全例にサイトカインストームによる多臓器不全が生じた。
この事件の要因のひとつとして,TGN1412がヒト特異的抗体であり,非臨床試験をヒトの安全性に外挿できなかったことが挙げられている。本試験では初回投与量が最大無毒性量(NOAEL)を根拠に設定されている1)。NOAELはいわば,毒性というoff targetの作用を検出するための指標であるが,本試験で生じたサイトカインストームは薬理作用の過剰発現というon targetの作用であった。このことから,生物学的製剤や抗体製剤のように,薬理作用がヒト特異的である可能性がある場合には,NOAEL以外のアプローチが重要と考えられた。本事件後,欧州医薬品庁(EMA)は「ヒト初回投与試験におけるリスクの特定および低減の戦略に関するガイドライン」(2007年)において,新しい概念として予想最小生物学的作用レベル(MABEL)を提唱した2)。
本試験は投与を数分間隔で行い,また投与時間も3~6分の短時間であったとされており,投与計画がもう少し慎重なものであったら,6例全例に重篤な有害反応が生じるという事態は防げた,と考えられる1)。現在ではFIHの初回投与ではまず,実薬1例,プラセボ1例の投与を行うことが求められている。
【文献】
1) 熊谷雄治:臨評価. 2006;34(Suppl 24):163-9.
2) 松本一彦, 他:臨評価. 2007;35(1):145-54.
【解説】
麻生雅子,熊谷雄治* 北里大学病院臨床試験センター *センター長