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犬も歩けば……[エッセイ]

No.4930 (2018年10月20日発行) P.68

豊泉 清 (豊泉クリニック)

登録日: 2018-10-21

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昔から大勢の人が口にしている成句や慣用句は、解釈が一通りしかなく、誰もが同じように理解するから、異なった解釈は絶対に起こらないと思われるが、時代によって変化していく表現も結構ある。よく例に挙げられるのは「情けは人の為ならず」である。人に情けをかけておけば、いつかは巡り巡って自分にもよい報いがもたらされる、というのが本来の意味であるが、最近は人に情けをかけると相手の為にならないから、むしろ情けはかけないほうがよい、と解釈する若い世代も増えてきているそうである。

「流れに棹さす」という慣用句がある。長い竹棹で川底を突き、川の流れに従って舟を川下に向けて操る、という意味から、周囲と調子を合わせて物事を円滑に進める、というのが本来の比喩的用法であるが、最近は流れに逆らって舟を川上に向けて進めるという、本来と正反対の解釈をする人もいるそうである。

それでは、犬棒カルタの最初の読み札の「犬も歩けば棒に当たる」は何の比喩であろうか。積極的に行動すると痛い目に禍に遭うから行動は控え目に、という解釈と、積極的に行動すると思い掛けない幸運に巡りあう機会もあるから、積極的行動のお勧めだ、という相反する解釈がある。現在はどちらの解釈が主流であろうか。

そこで、突飛な発想だが、外国語辞典を繙いて意味を調べてみた。犬の見出し語を丹念に読んでいくと、最後のほうに「犬も歩けば棒に当たる」など、犬が登場する慣用句も登場する。

Nothing seek, nothing find.
英語辞典の犬の項目には「何も探さない、何も見つけない」と直訳できる格言が載っている。つまり、積極的に行動すれば良い結果が得られると解釈できる。

Auch ein blindes Huhn findet mal ein Korn.
独和辞典には「盲目の鶏でも時には穀物の粒を見つける」という格言が載っている。盲目の鶏でも地面を片端からつつきまくっていれば、餌にありついて満腹になる。やはり、積極的行動のお勧めである。

Qui reste à la maison ne rencontre jamais la fortune.
仏和辞典には「家に留まる者は決して幸運の女神に出会えない」という格言が載っている。

3カ国語の辞書の解説から、犬も歩けば……は積極的行動のお勧めが多数派と解釈できる。

私は、若い頃からアルゼンチンタンゴに魅せられて、レコード蒐集にも熱中してきた。タンゴの歌詞を理解したくて、若い頃に辞書や参考書を買い込み、独学でスペイン語の初歩を齧ってみたこともある。そこで、スペイン語辞典の犬の項目を調べてみた。

El que no se embarca, no se marea.
「船に乗らない者は船酔いしない」
控え目に行動すれば災難に遭わない、と解釈できる。

Al hombre osado la fortuna da la mano.
「積極果敢な者には幸運の女神が手を差し伸べる」
逆に、積極的行動のお勧めと解釈できる。
スペイン語辞典だけは、相反する内容の格言が併記してあり、2通りの解釈が存在すると説明している。そこで、話のついでにスペイン語辞典で見つけた格言をいくつか披露してみたい。

El hombre es el único animal que tropieza dos veces en la misma piedra.
「人間は同じ石に二度躓く唯一の動物である」
直訳すると、何とも大袈裟な表現になってしまう。「同じ石に二度躓く」は、同じような失敗を懲りずに繰り返す、と解釈でき、「二度あることは三度ある」に相当する。
人間以外の生物は同じ失敗を二度と繰り返さないのだろうか。

La letra con sangre entra.
「学問は血を流して身に付く」
これもまた大仰な表現である。知識や学問は長い年月にわたる努力や苦労によって身に付くという意味であろう。

No por mucho madrugar amanece más temprano.
「いくら早起きをしても夜明けは早まらない」
落ち着いて時機到来を待て、と解釈できる。日本の「果報は寝て待て」に相当する。

Nunca llueve a gusto de todos.
「雨はすべての人に都合よく降るとは限らない」
雨が降ると好都合の人もおり、立場によっては困る人もいる。利害の相反する人が同時に存在するのが社会の常である。

Juntarse el hambre y las ganas de comer.
「空腹と食欲が一緒に起こる」
1つの災難に別の災難が重なると解釈すれば、「泣き面に蜂」に相当するが、良いことが同時に2つ続いて起こると解釈すれば、「願ったり叶ったり」に相当する。辞書では2通りの解釈があると説明している。

Un cuchillo mismo parte el pan y corta el dedo.
「同じナイフでパンも切るし指も切る」
物は使いようによって益にもなり害にもなる。日本の「馬鹿と鋏は使いよう」と一脈通じる表現である。

Más hace el que quiere que el que puede.
「できる人より望む人のほうが多くを為す」
能力があっても達成しようという強い意志がなければ物事は成就しない。しかし、達成したいという意志が強くても、能力がなければ期待通りの結果は生まれない。能力と意志が揃っていてこそ、鬼に金棒である。「好きこそものの上手なれ」に相当するという解説が添えてある。

Cuando te dieran el anillo, pon el dedillo.
「指輪が貰えるときは指を出せ」
好機を逸するな、という意味だそうである。

El que se ahoga se agarra a un clavo ardiendo.
「溺れる者は焼けた釘をも摑む」
「焼けた釘」を「藁」に置き換えれば、即座に日本語の格言になる。

La ociosidad es madre de todos los vicios.
「怠惰は諸悪の母」
スペイン語にも「小人閑居して不善を為す」と瓜二つの格言がある。

El que da pan a perro ajeno, pierde pan y pierde perro.
「よその犬にパンを与える者はパンも犬も失う」
スペイン版の「八方美人」だそうである。八方美人は誰からも信用されない。

Al hombre bueno no le busques abolengo.
「紳士の先祖を探す勿れ」
人は個人の実力や業績だけで評価されるべきであり、先祖や親戚にどんな人がいたかは問題ではない。その逆が親の七光りである。

Al que madruga, Dios le ayuda.
「神は早起きする人を助ける」
日本の「早起きは三文の得」に相当する。
「早起きをしたら道路で1万円札を拾った」「その1万円札を落とした人は、あなたよりもっと早く起きた」という笑い話で本稿を締めくくりたい。

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