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行動経済学を医療に活かす[なかのとおるのええ加減でいきまっせ!(223)]

No.4930 (2018年10月20日発行) P.65

仲野 徹 (大阪大学病理学教授)

登録日: 2018-10-17

最終更新日: 2018-10-16

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「術後1カ月の生存率は90%です」

「術後1カ月の死亡率は10%です」

患者さんにぜひ手術を受けてもらいたい。さて、どちらの言い方をすべきだろう?

そんなもん、内容は同じで言い回しが違うだけなんやから、どっちでもいっしょやないか。というのが、人間は合理的に判断する動物であるという、アダム・スミス以来の古典的経済学の考え方だ。

ところが、医療者に対してこのような説明をしたところ、前者なら8割が手術をすると答えたのに、後者なら5割しかそう答えなかったという研究がある。

アホやなぁ、と思ってはいけない。人間とは元来そういうもので、必ずしも常に合理的な判断をするわけではないのである。そのような前提に立つのが行動経済学だ。

ちょっとした流行になっていて、ノーベル経済学賞受賞者であるダニエル・カーネマンの『ファスト&スロー あなたの意思はどのように決まるか?』(ハヤカワ・ノンフィクション文庫)をはじめ、数多くの本が出されている。『医療現場の行動経済学』は、行動経済学的な考えを医療に活かしてみようというさまざまな研究の報告書である。

難しそうと思われるかもしれないが、それぞれのテーマについてわかりやすく説明されているので心配はご無用だ。たとえば、「医師の判断は必ずしも合理的ではない」といった項目は、いやがらずに、すべての医療従事者が読んでおいたほうがいい。

治療方針の決定は患者さんに委ねられている。それだけに、患者さんを適切な治療方針に導くことが医療従事者にとって重要な役割になっている。「どうすればがん治療で適切な意思決定支援ができるのか」などは知っておいて絶対に損はない。

このような説明の技術は経験によって身についていくだろう。しかし、行動経済学の理論をちょっと知っているだけで、よりたやすく効率的に修得できるはずだ。本のはじめに、行動経済学における基礎的な考え方が簡潔かつわかりやすく説明されているので、その概略もつかみやすい。

言い方は悪いけれど、医療者側が上手に騙していくという印象がないわけではない。逆に、患者さんの方も、騙されているみたい、と思いながら受け入れる度量が必要になるかもしれない。でも、それでうまいこといったら、なんも問題ないですよね。

なかののつぶやき

『医療現場の行動経済学』大竹文雄・平井 啓 編著/東洋経済新報社
「理性のみでなく感情(のようなもの)も大切。ちょっと違った角度から医師─患者関係を捉えなおすのに格好の一冊、オススメです」

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