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精神医学[特集:臨床医学の展望2014]

No.4686 (2014年02月15日発行) P.44

村井俊哉 (京都大学大学院医学研究科脳病態生理学講座(精神医学)教授)

登録日: 2014-02-15

最終更新日: 2017-09-15

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DSM–5の出版で精神科臨床に変化

米国精神医学会(American Psychiatric Association;APA)は,『Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders』(精神疾患の診断・統計マニュアル)の第5版(DSM-5)を2013年5月に出版した。1994年の前版(DSM-Ⅳ)から20年近くを経ての改訂となる。DSMは精神科領域のあらゆる診断基準を網羅し,研究・臨床の両面におけるグローバル・スタンダードであり,その出版が世界の精神医学に与える影響は計りしれない。

また,DSM-5の日本語訳出版に向けての作業も現在進行中である。多くの病名について日本精神神経学会で議論がなされ,日本語による従来の名称から変更が生じる見込みである。以下,本稿で記している病名は,作業の中間段階での暫定案での記載とさせていただく。

DSM-5出版前に議論されていた次元診断の大幅な導入など,診断基準全体を通じての大幅な構造の変化は結局は実施されなかったが,各論を見ると,かなり大規模な変更を取り入れたセクションが多く見受けられる。神経発達症群(neurodevelopmental disorders)の章では,自閉症関連の障害が,自閉スペクトラム症(autism spectrum disorder;ASD)にまとめられ,それまで複数のカテゴリーに分割されていた診断基準が連続体としてとらえられることになった。一方で,スペクトラム内での表現型の多様性は,重症度分類によって評価が可能であり,臨床現場での実用性が高まることが期待されている。

DSM-5には出版前から多くの批判が見られていたが,代表的な批判は,診断名の乱発への懸念である。例えば,過食性障害(むちゃ食い障害,binge eating disorder)は,DSM-5で初めて診断基準に含められることになった病態である。この診断基準の導入によって,現代社会における食行動の変化からもたらされた,新たな精神医学的問題をとらえることが期待されている一方で,「正常で」多様な人の行動の過剰な「精神医学化」への懸念も表明されている。

一方で,ここまで述べたような観点とは別の角度でDSM-5への批判が基礎研究者の立場から表明されている。神経科学への対応が不十分で雑多とも言えるクライテリアの組み合わせが,カテゴリー的に定義されるDSMの診断基準において,精神医学の生物学的研究推進への有用性に乏しいのではないか,との批判である。

多くの批判はあるものの,精神医学の歴史の大きなトレンドの中で,DSM-5改訂に至るまでのDSM診断体系が果たしてきた役割を否定することはできないだろう。1980年のDSM-Ⅲ出版以降,DSM診断体系がめざしてきたものを一言で述べるならば,それは信頼性に優れた診断の精神医学への導入と定着である。

薬物療法の優劣に関する大規模臨床試験におけるメタ解析の結果や,国内外での疾患別の治療ガイドラインも,長年にわたる優れた臨床研究の集積から結実したものである。それら個々の臨床研究がいずれも,信頼性に優れた診断基準を基盤として成立していることは,DSM-5出版の機会に改めて思い起こしておくべきことであろう。

最も注目されるTOPICとその臨床的意義
TOPIC2/自閉スペクトラム症:DSM–5での診断基準変更
DSM-5により自閉症に関する診断基準に以下のような変更があった。広汎性発達障害(PDD)から自閉スペクトラム症(ASD)へまとめられ,下位分類の廃止とともに重症度分類(要支援度評価)が追加された。また,注意欠如・多動症(ADHD)との重複診断も可能となり,臨床の流れがスムーズとなることを期待する。

この1年間の主なTOPICS
1 基礎研究の流れと展望
2 自閉スペクトラム症:DSM–5での診断基準変更
3 摂食障害の新たな疾患単位:過食性障害
4 統合失調症:治療薬の大規模臨床試験メタ解析
5 うつ病:日本うつ病学会が治療ガイドラインを作成

TOPIC 1▶‌基礎研究の流れと展望

DSM–5とRDoC

DSM-5に対し,米国国立精神保健研究所(National Institute of Mental Health;NIMH)と米国精神医学会(APA)で論争が引き起こされた。同年4月29日にNIMH所長であるInsel博士が“Transforming diagnosis”と題された声明で,「DSM-5は客観的な指標ではなく妥当性がない」,「NIMHはDSMのカテゴリーに捉われず神経科学を取り込み精神障害の診断を変換するResearch Domain Criteria(RDoC)を策定する」と述べた。それに対して,DSM-5 Task Force議長のKupfer博士は「現時点では,RDoCは診断に使えずDSM-5が最善である」と5月3日に声明を出した。結果,Insel博士とAPAの次期会長であるLieberman博士が同月14日に共同声明1)を発表し,NIMHとAPAが精神障害の診断に関して共同歩調をとることを確認した。しかし,NIMHが独自にRDoCを推進する方針は変わらず,今後の精神医学研究において強い影響を与えるだろう。

BRAIN InitiativeとHuman Brain Project

精神医学界では上述したような動向が注目されたが,脳科学界においても欧州と米国で大型脳研究プロジェクトが動き出した。2013年1月28日にEuropean Commissionは『Human Brain Project』として,脳科学,情報通信技術,医療を統合する予算12億ユーロの10年計画を表明した。一方,同年4月2日に米国のオバマ大統領が初年度に1億ドルを投じる『BRAIN Initiative』を立ち上げた。この計画は脳神経回路の全細胞の全活動を記録・解析するものである2)。どちらも脳神経回路機構の解明のために,多くの最先端テクノロジーを注ぎこむ計画である。

日本における脳研究構想

日本でも科学技術・学術審議会の脳科学委員会において「革新的技術による霊長類の神経回路機能全容解明構想」について議論が開始された3)。これは5年後に霊長類,特に日本で研究が先行しているマーモセットの神経回路マップを完成し,10年後にヒトの精神活動にとって重要な神経回路のニューロンレベルでの全容解明をめざす計画である。脳科学界のみならず精神医学界からの提言と議論が求められる。
(疋田貴俊)


◉文 献

1) [http://www.nimh.nih.gov/news/science- news/2013/dsm-5-and-rdoc-shared-inter ests.shtml]

2) Insel TR, et al:Science. 2013;340(6133): 687-8.

3) [http://www.lifescience.mext.go.jp/2013/08/2225726.html]

TOPIC 2▶自閉スペクトラム症:DSM–5での診断基準変更

2013年5月にDSM-51)の改訂が行われ,自閉症に関して大きな変更があった。まず,DSM上での自閉症の変遷を簡単にまとめる。

1952年に初版されたDSM-Ⅰでは,schizophrenic reaction, childhood type,DSM-Ⅱでもschizophrenia, childhood typeと記載されていた。80年に改訂されたDSM-Ⅲでは,統合失調症の概念から離れ,広汎性発達障害(pervasive developmental disorders;PDD)の中の幼児期自閉症(infantile autism)として独立した概念になった。DSM-Ⅲ-Rでは,自閉性障害(autistic disorder)となり,また,特定不能型広汎性発達障害(pervasive developmental disorder not otherwise specified;PDDNOS)という用語が使われるようになった。94年のDSM-Ⅳでは,自閉性障害,PDDNOSのほか,PDDにアスペルガー障害,レット障害,小児期崩壊性障害が加えられたが,PDD全体の診断基準は設けられず,PDDNOSの記載は数行であった。このようにカテゴリー分類が行われていく中で,それぞれに特有の症候群の存在,また,各診断閾値の不明瞭さも論じられるようになった2)

さて,DSM-51)では,30年以上にわたり使われてきたPDDが下位分類ごとに廃止され,自閉スペクトラム症(autism spectrum disorder;ASD)にまとめられた。ASDは一連の連続体としてWing3)によって提唱された概念である。診断基準は,DSM-Ⅳの自閉性障害では,対人的相互作用,コミュニケーション,限局・反復的な行動や興味の3軸であったが,DSM-5では前2者が統合されて2軸となり,2軸目の限局・反復的な行動や興味に対する比重が大きくなった感がある。また,ASDとは別にsocial communication disorderが設定され,前述した2軸目があって初めてASDであると再確認され,これまで社会コミュニケーションの問題かのように考えられてきた自閉症のイメージに変化を与えるかもしれない。2軸目の基準もより具体的となり,感覚の問題も含まれるようになった。なお,下位分類が廃止されると同時に,軸ごとにレベル1,2,3と要支援度による重症度評価も組み込まれた。

さらにASDは併存症が多いことが知られてきたが2),これまで注意欠如・多動症(ADHD)との重複診断は認められていなかった。DSM-5改訂以降は,それが可能となり,ASD者のADHD症状に対する理解を得やすく,またその症状の薬物治療もスムーズになった。

そもそもASDの行動特徴自体は普遍的に思われるが,診断基準は上述したように何度も変更されてきた。それだけつかみにくい概念なのかもしれないが,このたびの改訂で診断基準がずいぶん整理され,また,当事者のニーズが要支援度評価に反映されているように思う。
(船曳康子)


◉文 献

1)American Psychiatric Association: Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders Fifth Edition(DSM-5TM). American Psychiatric Press, 2013.

2)Funabiki Y, et al:Res Dev Disabil. 2011;32 (3):995-1003.

3)Wing L:The Autistic Spectrum;a Guide for Parents and Professionals. Constable&Robinson Limited, 1996.

TOPIC 3▶摂食障害の新たな疾患単位:過食性障害

DSM-5の改訂に伴い,摂食障害の診断基準もいくつか見直された。DSM-Ⅳ-TRでは「神経性やせ症(神経性無食欲症,anorexia nervosa)」の4つの基準項目の1つが「無月経」であったが,実際には低栄養でも月経が保持されている症例が少なくないため,DSM-5ではこの項目が削除された。DSM-Ⅳ-TRの「神経性過食症(神経性大食症,bulimia nervosa)」には「排出型/非排出型」という下位分類があったが,自己誘発性嘔吐や下剤乱用という排出行動が認められる群とそうでない群とでは本質的な差がないとの判断により,DSM-5ではこの下位分類が廃止された。これらの変更点を見ても,DSM-5はより臨床に即した自然な診断基準がめざされていることがわかる。そして,「過食性障害(むちゃ食い障害,binge eating disorder)」の疾患単位の導入も,DSM-5における大きな変更点の1つである。

過食性障害とは,過食症状に悩まされるがやせ願望はなく,そのために自己誘発性嘔吐や下剤乱用,過度の運動といった代償行為が見られないため,結果的に体重増加傾向を示す一群を指す。事実,肥満患者の約3割が過食性障害であり1),過食性障害のない肥満患者と比べて過食性障害のある群では明らかにカロリー摂取量が多いと指摘されていることから2),以前から肥満治療を考える上で過食性障害の概念化が重要だと認識されていた。しかし,DSM-Ⅳ-TRの段階では正式な疾患単位とするだけのエビデンスを得ることができず,附録Bに収録されるにとどまっていたのである。その後,肥満との関連の強さやほかの精神疾患の合併率の高さなど,この病態の特異性が明確に示されたため3),DSM-5で改めて疾患単位として認められることとなった。

過食性障害の診断のA基準は,短時間に明らかに大量の食物を摂取する「過食(むちゃ食い),binge eating」のエピソードの繰り返しである(現時点では「binge eating」の訳語として,従来の「むちゃ食い」ではなく日常語である「過食」が使われる方向である)。DSM-Ⅳ-TRまでは「だらだらと食べ続ける傾向」が指摘されていたが,DSM-5ではその記載は削除された。B基準では過食の特徴が挙げられ,「早く食べる」「苦しくなるまで食べる」「空腹でなくても大量に食べる」「たくさん食べているのを人から見られることは恥ずかしいので1人で食べる」「過食したあとで自分にうんざりして落ち込み後悔する」という5項目のうち,3つ以上満たすことを条件としている。さらにC基準では,過食に伴う苦痛が挙げられ,D基準では「週1回以上の過食が3カ月以上続いていること」という条件と,頻度についての説明がなされている。そしてE基準では,神経性過食症との線引きに重要な「代償行為がない」という条件が挙げられている。

過食性障害は欧米で1990年代から増加し,日本でも2000年代に入ると増えてくるだろうと予想されながらも,医療現場ではまだ増えているという実感はない。ただし,過食性障害のような状態が病気と認識されにくく,患者が医療機関を訪れていないだけなのかもしれない。今回改訂したDSM-5で疾患単位として認められたことから,肥満問題と併せて過食性障害が注目される可能性は高い。
(野間俊一)


◉文 献

1) Spitzer RL, et al:Int J Eat Disord. 1993;13 (2):137-53.

2) Goldfein JA, et al:Int J Eat Disord. 1993; 14(4):427-31.

3) Wonderlich SA, et al:Int J Eat Disord. 2009;42(8):687-705.

TOPIC 4▶統合失調症:治療薬の大規模臨床試験メタ解析

統合失調症は陽性症状(幻覚や妄想),陰性症状(感情の平板化や意欲低下など),各種認知機能障害を主徴とする精神病性障害の1つである。統合失調症の治療の中心は抗精神病薬による薬物療法である。わが国では現在,約30種の抗精神病薬が認可されている。これらの薬剤のうち,どの薬剤の効果が優れており,また,どの薬剤に副作用が少ないかという情報は,臨床医や患者,患者家族にとって非常に重要である。これまでこうした薬剤選択に際しては,たとえるならA薬とB薬を無作為化比較した研究の結果をまとめたメタ解析(multiple-treatments meta-analysis)が重要な役割を果たしてきた。

しかし,こうした比較研究では,直接比較した研究のない薬剤の効果,副作用に関する情報は得られず,薬剤の選択に際し高いエビデンスレベルに基づく決定が困難であった。これを可能にする方法に,直接比較および間接比較を統合したメタ解析がある。この方法では,例えばA薬 vs. C薬,B薬vs. C薬の直接比較研究のデータをもとに,A薬vs. B薬という直接比較のない薬剤の比較が可能となる。抗うつ薬については,2009年に12種の抗うつ薬を対象としたメタ解析がLancet誌に発表され1),その後のうつ病治療における薬剤選択に大きな影響を与えた。また13年には,急性期の統合失調症治療における抗精神病薬の効果や忍容性などについて,同様のメタ解析を行った研究が同誌に発表された2)

この研究2)では,15種の抗精神病薬について,急性期の統合失調症治療における効果,中断に加え,体重増加や錐体外路障害,プロラクチン上昇,QTc延長,鎮静といった副作用に関しても評価が行われた。まず,当然ではあるが重要な結果として,どの抗精神病薬もプラセボより効果があることが示された。薬剤別に見ると,クロザピンはほかのすべての抗精神病薬に対して有意に効果が高かった。有効性の順位は以下,amisulpride,オランザピン,リスペリドンと次ぐが,この3種の薬剤間において有効性に有意な差は見られなかった。また,内服中断に関しては,有効性を示した上位4種の薬剤間において統計学的に有意な差は見られなかった。副作用に関する順位では,各抗精神病薬に特徴的な副作用が明らかになるなど興味深い結果が出ている。また,有効性の高い薬剤ほど副作用が強い傾向も見られた。

こうした研究結果を臨床医が目の前にいる患者に適用するには注意が必要である。薬剤選択に際して,そのリスク・ベネフィットを患者ごとに評価し,患者および家族と話し合うことは重要である。しかし,ここで紹介した研究のような高いエビデンスレベルの情報は,急性期統合失調症の治療戦略を立てる上で重要であり,今後の同障害の治療に大きな影響を与えるであろう。
(杉原玄一)


◉文 献

1)Cipriani A, et al:Lancet. 2009;373(9665): 746-58.

2)Leucht S, et al:Lancet. 2013;382(9896): 951-62.

TOPIC 5▶うつ病:日本うつ病学会が治療ガイドラインを作成

今日,うつ病はわが国において最も頻度の高い精神疾患であり,女性では12人に1人(8.5%),男性では29人に1人(3.5%)が,生涯に一度はうつ病に罹患すると推定されている1)。うつ病患者数は年々増加傾向にあり,うつ症状を抱えた患者が最初にかかりつけ医を受診することも多い。プライマリケア医にとっても,うつ病治療に精通することは重要であり,このような臨床上の要請を背景に,2012年7月,日本うつ病学会治療ガイドラインが作成された2)

薬物療法の原則

うつ病の薬物療法の重要性は,重症度によって異なる。軽症うつ病治療の基本は,患者背景や病態の理解に努め,支持的精神療法と心理教育を行うことにあり,必要に応じて新規抗うつ薬(SSRI,SNRIなど)による薬物療法および認知行動療法が推奨されている。軽症うつ病においては,抗うつ薬の有用性そのものは否定できないとはいえ,安易な薬物療法を漫然と続けることは避けるべきである。中等症以上のうつ病においては,抗うつ薬による積極的な薬物療法が推奨される。新規抗うつ薬を単剤で十分量・十分期間使用し,合理性のない多剤併用は行わない。中等症以上のうつ病患者は,自殺念慮を抱く場合など入院治療を要することもあり,プライマリケア医が治療を担当する際には精神科専門医との連携が必要である。

認知行動療法

認知行動療法とは,うつ病患者において感情や行動に影響を及ぼしている極端な考え(歪んだ認知)が何かを特定し,より現実的で幅広いとらえ方(適応的な認知)ができるように修正することで,不快な感情の軽減,適切な対処行動の推進を図る精神療法である。加えて,再発予防効果に優れていることが立証されている。2010年4月の診療報酬改定でうつ病に対する認知行動療法が保険点数化されたが,実施可能な医療機関は限られており,認知行動療法に熟達した医師を育てることを目的として,11年より厚生労働省による認知行動療法研修事業が開催された。この研修事業では,セッションの録音に基づくスーパービジョンを受けられるなど,精神療法のトレーニングとして充実した内容になっている。今後も認知行動療法に習熟した医師が増えることが期待される。
(山﨑信幸)


◉文 献

1) Kawakami N, et al:Psychiatry Clin Neurosci. 2005;59(4):441-52.

2) 日本うつ病学会気分障害の治療ガイドライン作成委員会:日本うつ病学会治療ガイドライン Ⅱ. 大うつ病性障害2013 Ver.1.1. 2013.

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