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ペインクリニックの思い出 [炉辺閑話]

No.4837 (2017年01月07日発行) P.69

世良田和幸 (昭和大学横浜市北部病院病院長)

登録日: 2017-01-03

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私が医学部を卒業して、昭和大学の麻酔学教室へ入局した昭和51(1976)年頃は、揮発性麻酔薬はハロタンが主流であり、NLAなども盛んに行われていた時代でした。初めてペインクリニック外来に出させてもらったのは、大学院を卒業して5年目のことで、ペインクリニックとの付き合いはそれから35年になります。

これまで痛みを訴える多くの患者に出会ってきました。その中でも印象に残っている患者としては、ネパールから日本に出稼ぎにきていた男性でした。私は1995年から昨年までの20年間、ネパールの主として口唇口蓋裂の患者を対象に手術を行う国際医療ボランティアチームに麻酔科医として参加していました。18年前のネパール滞在中に、ネパールのペインクリニック学会会長であるSwan先生のクリニックで神経ブロックを行うことになり、数人の患者に星状神経節ブロックや腰部硬膜外ブロックなどの治療を行って、神経ブロック針やTuohy針などを提供して帰国しました。それから2年後に、何とネパールで腰部硬膜外ブロックを行った男性が、腰下肢痛で当時勤務していた昭和大学藤が丘病院のペインクリニック外来を訪れ、ネパールで行った治療をしてくれと言ってきたのです。話を聞くと、本人は料理人で、日本のインド料理の店に出稼ぎに来ていると言う。そこで、3回ほど硬膜外ブロックを行い、痛みは軽快しました。数日後、病院から1時間ほどのそのインド料理屋にボランティアチームの面々と行き、本人の料理を食べることができました。あまり日本語のしゃべれないネパール人が、Swan先生から病院名だけを聞いて藤が丘病院にたどり着いたという話を聞いてさらにびっくり、感心したり驚いたりでした。その後、約1年で彼は帰国したようですが、その後は痛みもなく、少しは国際貢献できたかな、と思った出来事でした。

ネパールでの手術患者は20年間で1000人を超えました。20年間は長いようで短い期間でしたが、沢山の思い出と友人ができました。またいつの日か、ネパールの友人達に会いに行きたいと思っています。

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