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脳下垂体腫瘍のプロラクチノーマでも周産期(産褥)心筋症は起こる?

No.4796 (2016年03月26日発行) P.57

神谷千津子 (国立循環器病研究センター病院 周産期・婦人科部)

登録日: 2016-03-26

最終更新日: 2016-10-18

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【Q】

No.4497(2010年7月3日)学術欄でperi-partum cardiomyopathy(周産期心筋症)の一因は,プロラクチンの分解産物がcardiotoxicのためとされていましたが,脳下垂体腫瘍のプロラクチノーマでも起こるのでしょうか。著者の国立循環器病研究センター病院・神谷千津子先生に。
(東京都 F)

【A】

周産期(産褥)心筋症は,「既往のない妊産褥婦が,原因不明の心機能低下により心不全を発症」する二次性心筋症と定義されています。
2007年,周産期心筋症モデルマウス基礎実験の結果から,妊娠維持や母乳分泌に関与し,周産期に分泌増加するプロラクチンが,その疾患原因である,との説が提唱されました(文献1)。プロラクチン(23kDa)は数種のペプターゼの作用でN末端から16kDa程度に切断されますが,この切断プロラクチンは血管内皮細胞のアポトーシスを引き起こすなどの血管障害性を持ちます。Hilfiker-Kleinerら(文献1)は「心筋特異的にSTAT3蛋白をノックアウトすることで心筋内酸化ストレスが増加しているマウス」が,出産を重ねるごとに心拡大や心不全,死亡率を高めることに着目し,その機序を探求しました。結果,心筋内酸化ストレス亢進が引き金となり切断プロラクチンが増加していること,このマウスにプロラクチン分泌抑制薬であるブロモクリプチンを投与すると心筋症を発症しないこと,実際の周産期心筋症患者の血清中にも切断プロラクチンが出現していることを報告しました。
この報告をふまえれば,脳下垂体腫瘍のプロラクチノーマを併発している妊産褥婦では,周産期心筋症が起きやすい,さらに,プロラクチノーマでも心筋症を合併しやすいと考えられます。実際に,国内でもプロラクチノーマを持つ妊産褥婦が周産期心筋症を発症したケースが数例報告されています。しかしながら,プロラクチノーマの実患者数を考慮すると,周産期心筋症の発症率が必ずしも高いとは言えません(一方で高プロラクチン血症は不妊をきたすため,妊娠時には治療されている場合が多い,という側面もあります)。また,全国調査登録患者102例では,プロラクチノーマ診断例は1例もありません(文献2)。プロラクチノーマに心筋症が合併するという報告もありません。動物実験では,非妊娠時や産褥期にリコンビナントプロラクチンや切断プロラクチンを大量に投与しても心筋症を発症しませんでした(文献3)。よって,プロラクチンだけで,周産期心筋症の病態すべてを説明できるわけではなさそうです。
周産期心筋症は,除外診断名であるために,「様々な疾患背景を持つheterogeneousな疾患群」と考えられます。たとえば,遺伝子解析では,約2割の周産期心筋症患者が,既知の心筋症関連遺伝子を持つことが明らかになりました(文献4)。また,患者の4割が,全身性に血管障害をきたす妊娠高血圧症候群を合併しており,心筋症との共通病因の解明が望まれています。疾患背景ごとの病因探索が必要と考えられます。

【文献】


1) Hilfiker-Kleiner D, et al:Cell. 2007;128(3):589-600.
2) Kamiya CA, et al:Circ J. 2011;75(8):1975-81.
3) 大谷健太郎, 他:血管. 2014;37(3):93-7.
4) Ware JS, et al:N Engl J Med. 2016;374(3):233-41.

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