β2GPⅠネオセルフ抗体は、血液中の糖蛋白質であるβ2GPⅠが細胞膜リン脂質と結合してできる「ネオセルフ抗原」に対する自己抗体で、従来の抗β2GPⅠ抗体検査では検出することができない特異性の高い抗体です。抗リン脂質抗体症候群(APS)や不育症との関連が注目され、新しい診断マーカーとして期待されています。
不育症とは、妊娠は成立するものの流産や死産を2回以上繰り返す状態で、染色体異常や子宮形態異常、内分泌異常、免疫や血液凝固系の異常など様々な要因が関与します。中でもAPSでは、血栓傾向により胎盤機能が障害され流産の原因となりますが、従来の抗β2GPⅠ抗体検査では異常が見つからないケースも多く、診断や治療に限界がありました。
β2GPⅠネオセルフ抗体検査は、不育症の原因の約2割を占める流産や血栓症などを引き起こすネオセルフ抗体を血液検査で調べることができる新たな検査で、近年は不妊症にも関連することが報告されています。ネオセルフ抗体陽性の不育症患者に対しては、アスピリンやヘパリンの投与で出産率が顕著に改善することが報告され、原因不明とされた患者にも病因特定や治療選択の可能性が広がります。臨床研究では、検査結果が陽性の場合、対応する治療が実施された群において、不育症では生児獲得率が約1.7倍以上、不妊症では妊娠率が2倍以上高い結果であったことが確認されています。
2025年6月、β2GPⅠネオセルフ抗体検査が、不育症を対象とした先進医療に認定されました。先進医療は将来的な保険適用を見据え、現時点では保険外の新規医療技術を公的保険と併用することができる制度です。今回の対象は、反復流産を経験する不育症患者で、承認を受けた特定の専門施設で検査を受けることができます。費用は1回当たり3万〜5万円程度を自己負担する必要がありますが、こども家庭庁が実施する不育症検査助成事業により、検査費用の7割に相当する額の助成金を受け取ることができるため、経済的な負担は限定的です。
従来は自費検査で行われていたβ2GPⅠネオセルフ抗体検査ですが、先進医療となることで検査のハードルが下がります。これにより、診断未確定のまま治療対象外とされていた人も、早期に適切な治療へつなげることが可能になります。これまで原因不明とされてきた不育症患者にとって、新たな希望をもたらす画期的な進展と期待されます。
稲葉可奈子(産婦人科専門医・Inaba Clinic院長)[産婦人科][β2GPⅠネオセルフ抗体][不育症]