【Q】
在宅医療の対象となる要介護状態の虚弱な高齢者は,多くの場合,認知機能の低下を伴っています。時には,食事をしたことを忘れてしまうような病状でもインスリン自己注射を行っている症例と出合います。医学的にはインスリン自己注射の適応であっても,あえて経口剤に変更し,あまり厳密な血糖コントロールを行わないほうがQOLを高めると考えていますが,介護家族への指導を徹底し,さらに訪問看護などを導入し,より安全に自己注射を行えるような対応が妥当との考えもあろうかと,悩ましいところです。
箕岡医院・箕岡真子先生に,医療的ケアの選択に関してアドバイスをお願いします。
【質問者】
太田秀樹:医療法人アスムス理事長
【A】
高齢化社会の進展に伴って,最近は,高齢糖尿病の人が認知症を合併するケースが増えています。治療法の選択肢については,まず医学的適応に基づいて考えますが,このようなケースではインスリンの絶対的適応となることはそれほど多くはないと思われます。したがって,次に本人にとって最も良いQOLが期待できる方法について考えることになりますが,ここからは臨床倫理の専門家としてコメントをさせていただきます。
認知症の人でも治療の目的や意義が理解できる場合には,より良い糖尿病のコントロールができるように努力することも選択肢ですが,治療の目的・意義が理解できない場合には,厳格な血糖コントロールをするために「これを食べてはいけない」「運動をしなければならない」「痛い注射をしなければならない」といったdutyを増やすことはQOLを高めることにならない場合もあります。時に治療を強要することは,パーソンセンタードケアにおける,いわゆる「人としての価値を貶める行為」に該当してしまうことさえあります。
この「人としての価値を貶める行為」の例として,たとえば「権限を与えない・急かす・訴えを退ける・無理強い」などがあります。その認知症のご本人にとって,何が最も良いQOLなのかを関係者皆で考え,本人にできるだけ不快や苦痛を感じさせず,まずまずの糖尿病のコントロールが得られるような方法を,それぞれのケースごとに見つけていくことが大切だと考えています。