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DSMの策定過程と日本からの発信の可能性

No.4751 (2015年05月16日発行) P.58

黒木俊秀 (九州大学大学院人間環境学研究院 臨床心理学専攻教授)

登録日: 2015-05-16

最終更新日: 2016-10-18

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【Q】

客観的補助的な診断法を取り入れた診断体系の確立には,DSM(Diagnostic and Sta-tistical Manual of Mental Disorders)に組み込むことができるか否かが大きいと考えます。
この点についてのご意見ならびにDSMの策定の過程や,そのどこで日本からの発信が可能かについて,九州大学・黒木俊秀先生のご教示をお願いします。
【質問者】
三國雅彦:国際医療福祉大学病院精神神経科教授/ 群馬大学名誉教授

【A】

DSM-5は,当初,DSM-Ⅲ以来の精神疾患のカテゴリー(範疇)的分類に代わる病態生理学に基づく分類,すなわち,より科学的に妥当性のある分類と診断基準の策定をめざしていました。そのための方法論として提案されたのが,ディメンジョン(次元)的モデルでしたが,最終的に時期尚早として個々の疾患の診断基準に採用することは見送られ,各疾患の章の全体構造を改変するにとどまりました。
むろん,遺伝子検査や神経画像などの客観的補助的な診断法を組み込むことは,DSMの将来において重要な課題であり,DSM-5においても一部の認知症(Major Cognitive Disorder)の「確実な」診断には遺伝子検査や神経画像の所見を必要としています。今後,精神疾患の分類や診断基準に改変をせまる有力なデータが提出されれば,次の改訂を待たずにDSM-5.1,5.2,……というようなバージョンアップが図られる予定で,認知症以外にも補助診断法として有用な遺伝子検査や神経画像が確立されれば,その際に採用される可能性があります。
ただし,ディメンジョン的モデルが提唱された背景には,近年の精神疾患の病因研究のパラダイム・シフトがあります。というのも,従来のカテゴリー的分類に対応した生物学的マーカーが存在するとはもはや想定されていないからです。つまり,たとえば,統合失調症と双極性障害を鑑別(カテゴリー的に判別)するような客観的補助診断法の開発は絶望視されています。
事実,米国精神保健研究所(National Institute of Mental Health:NIMH)は,既存のカテゴリー的疾患分類から離れて,Research Domain Criteria(RDoC)と呼ばれる神経生物学的研究データに基づくラディカルなディメンジョン的モデルを研究のフレームワークとする旨を公表しています。一方では,治療反応性や予後を予測するという診断の有用性と,その科学的妥当性が両立するのか否かについても,盛んに議論されています。まだ方法論が確立していない過渡的な時代なのです。
いずれにせよ,わが国の生物学的精神医学も,こうした米国学界の動向を視野に入れて,慎重に舵を取る必要があります。
総じて,DSM-5は,結局のところ,米国の精神医学・医療の情勢に左右されて完成したという印象が強く,米国外からの情報発信には驚くほど冷淡です。しかし,米国は多民族国家であり,学界もまた民族性が豊かです。アジア系では米国の医学アカデミアで活躍する韓国系の精神科医たちの発言力が強く,DSM-5マニュアルの「今後の研究のための病態」に収載されるにとどまりましたが,インターネットゲーム障害(Internet Gaming Disorder)は彼らの提案によるものだそうです。今後のDSMの改訂に向けて,わが国の精神医学界からも発信しようとするならば,彼らの活躍は参考になると思います。

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