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福島の避難住民の“あいまいな喪失” [お茶の水だより]

No.4762 (2015年08月01日発行) P.11

登録日: 2015-08-01

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▼東京電力福島第一原発事故から4年以上が経過し、政府は6月、福島県の避難指示区域を見直す方針を明らかにした。「帰還困難区域」以外の避難指示を2017年3月までに解除するという。現在の避難者は約11万人に上る。避難生活は住民の心理面にどのような影響を与えているのだろうか。福島県で心のケアに携わる臨床心理士の山下和彦氏が6月、日本トラウマティック・ストレス学会で報告した。
▼事故前に帰還困難区域で暮らしていた70代女性は事故直後、「帰りたい」と涙を浮かべ、情緒的に故郷について語っていたが、避難先で自宅を新築することが決定して以降、故郷について語らなくなり、「自宅を建てても心が付いていかない。どん底で何の進展もない」と話し、自罰的思考も増えたという。
▼山下氏は、米ミネソタ大のPauline Boss博士が提唱する“あいまいな喪失”という概念を用いて、「故郷や自宅は物理的に存在するが、そこでの生活や役割は喪失している」と、女性の状況を説明した。
▼住宅を再建すれば精神的に前向きになると本人や周囲は期待するものの、喪失のあいまいさ故に新築した自宅に愛着を持つことが難しく、むしろ住宅再建が故郷への諦めを強いることとなり、避難に続く第2のトラウマになる可能性があるという。あいまいな喪失への対応の1つとして山下氏は、「仮設住宅や借り上げ住宅にある程度とどまることは、転居後の心理的危機を緩和する意味も持つ」と提案した。
▼避難指示解除により、避難住民は帰還か移住かの決断を迫られることになるが、いずれの決断も心理的負担は大きいだろう。避難指示が解除される地域では現在、医療体制を含め生活環境の整備に向けた協議が進むが、政府には、当事者である住民の声に十分耳を傾けた生活再建の支援を求めたい。

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