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【識者の眼】「費用対効果評価の誤用がもたらす健康格差」坂巻弘之

坂巻弘之 (一般社団法人医薬政策企画P-Cubed代表理事、神奈川県立保健福祉大学シニアフェロー)

登録日: 2025-06-09

最終更新日: 2025-06-04

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財務省の財政制度等審議会(財政審)は、いわゆる「春の建議」を取りまとめ、2025年5月27日に公表した。2025年度も、薬剤費削減策の一環として、費用対効果評価の活用が盛り込まれているが、相変わらず費用対効果評価に対する理解を欠いたまま、あるいは意図的に誤解をまねくような形で、2024年と同様の主張を繰り返している。2024年、「費用対効果評価でドラッグロスを加速させてはならない」との論考を公表したが、また同じような反論を行わざるをえない(No.5227)。

建議では、費用対効果評価を保険償還の可否判断に用いるべきとする主張が繰り返されているが、「QALY(質調整生存年)による倒錯した(perverse)推奨」の問題が考慮されていない。つまり、費用対効果の評価が厳しくなりやすい抗がん剤が保険適用から外れ、一方で、費用対効果が良好とされるOTCとしても用いられているような医薬品やED治療薬などが推奨されるという矛盾である。諸外国における利用でも、英国のマネージド・アクセス・スキームなどについて言及しないなどの恣意性が感じられる点も相変わらずと言える。英国では、費用対効果が受け入れられないとされた医療技術でも、企業側の費用負担も入れながら公的制度のもとでの使用が認められている。

また建議では、あたかも新薬に追加的有用性が存在しないかのような表現をしている。しかし、新医療技術として薬事承認された医薬品には、一定の臨床的有用性やイノベーションが認められている。実際、イノベーションが乏しければ薬価の加算は認められず、費用対効果評価の対象にもならない。

費用対効果評価における追加的有用性とは、あくまでも追加QALYのことであるが、QALYで評価できるイノベーションの範囲は限定的である。さらに、日本の費用対効果評価制度は薬価の引き下げを主目的としており、評価において恣意的な比較対照の選定やデータの扱いにより、追加QALYが存在しないような分析を要求されているとの問題もある。建議では、こうした運用上の問題を無視し、意図的にイノベーションがないかのような印象を与えることで、保険償還の否定を正当化しようとしている。

誤った制度運用が進むと、臨床的に有用性を有する医薬品であっても保険償還の対象外とされ、自由診療でしか使用できなくなる。その結果、支払い能力のある者しか新たな治療を受けられず、健康格差の拡大をまねくおそれがある。費用対効果評価の「先進国」である英国でも、健康格差を考慮した医療技術評価のあり方が議論されており、日本においても同様の視点が求められる。

建議は、2025年度も相変わらず恣意的なロジックで費用対効果評価の推進を正当化しており、財政審の見識が問われる。

坂巻弘之(一般社団法人医薬政策企画P-Cubed代表理事、神奈川県立保健福祉大学シニアフェロー)[費用対効果評価

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