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【識者の眼】「レジュメを渡すな!」岩田健太郎

岩田健太郎 (神戸大学医学研究科感染治療学分野教授)

登録日: 2025-06-06

最終更新日: 2025-06-04

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NEJMのMGHケースを学生と取っ組み合っているとき、「ネズミの曝露が考えられるので、ラッサ熱を考えます」と発言した学生がいた。「なぜ、ラッサ熱だと思ったんですか?」と問うと、以前微生物学の講義で渡された「レジュメ」に「ネズミ ラッサ熱」と書いてあったらしい。

全国の大学教員に言いたい。レジュメを渡すな! パワポも使うな! レジュメを渡さずにパワポを使うと、今の学生はスマホで写真を撮るのでそれがレジュメ化する。

海外でもパワポを授業で使わない動きがある。理由はいくつかあるが、最大の問題は「学生が教科書を読まなくなる」ことだ。

レジュメは、当該項目の要点をブレット方式で、体言止めで、単純化してまとめている。レジュメを「自分でつくる」効能は大きい。文章から要点を吸い出し、まとめて簡略化するのだ。しかし、簡略化したレジュメ「だけ」を読めば、そこからはコンテクストが失われてしまう。だから、「ボストンの症例」なのに「ラッサ熱」が鑑別疾患に入ってしまう。教科書を読んでいれば絶対に起きないエラーである(ラッサ熱はアフリカの感染症だ)。

医師国家試験のような「あてもん」であれば、キーワードを暗記してつなげるだけで、合格点は取れるかもしれない。しかし、そこには概念理解もコンテクストの理解もないから、生身の患者さんと葛藤することはできない。

この「悪しきキーワード主義」は、生成AIの活用にもみられる。私は、腎盂腎炎が膿瘍化したために、抗菌薬で解熱しない患者を授業で提示した。膿瘍には血流がなく、抗菌薬は感染部位に届かず、よってドレナージが必要になる。しかし、学生は「大腸菌」「腎盂腎炎」「抗菌薬効かない」といった「キーワード」を生成AIにぶち込む。まず出てくるのが「薬剤耐性菌」なのだ。多くの学生が判で押したように「ESBL産生菌なのでカルバペネムを使う」と発表し、多くの医師と同じ隘路に落ちたのを知って私は驚いた。その日の学びは「生成AIを診療に使うときは使い方にご用心」であった。

「抗菌薬があたっていない患者」と、「抗菌薬が届いていない(ソースコントロールが必要)患者」では臨床像が異なる。抗菌薬があたらないと容態は悪化するが、膿瘍では良くも悪くもならずに定常状態になることが多い。「ちゃんとした教科書」はその違いを丁寧に描写するが、ネット上の「まとめ情報」と、そこから抽出した生成AIのサマリーはそういうコンテクスチャルな描写を捨象しかねない。

レジュメを渡すな。

岩田健太郎(神戸大学医学研究科感染治療学分野教授)[生成AI

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