株式会社日本医事新報社 株式会社日本医事新報社

CLOSE

【識者の眼】「義経の眼に涙」早川 智

No.5121 (2022年06月18日発行) P.65

早川 智 (日本大学医学部病態病理学系微生物学分野教授)

登録日: 2022-05-27

最終更新日: 2022-05-27

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

日本史の中で、最も人気のある武将の一人は源義経であろう。源氏嫡流に生まれながら幼くして父を失い、母・常盤と山中をさまよった末に、平氏の手に落ちる。鞍馬山で“天狗”に武道の稽古を受けたのちに奥州平泉に亡命、兄の挙兵に馳せ参じ、先に京に入った従兄・木曽義仲を討ち果たし、さらに平家を一ノ谷、屋島と撃破、ついには壇ノ浦で滅亡に追い込む。その後の悲劇的な最期もあって「判官贔屓」を受けるが、実際少数精鋭軍団の機動的運用など軍事的天才だった。しかし、義経には意外な面がある。英雄が人前構わず泣くのである。兄に初めて会った黄瀬川では、「今日弱冠、鎌倉殿に謁し奉る可きの由、(中略)互に往事を談じ、懐旧の涙を催す」(『吾妻鏡 治承4年』)。

次に、屋島で忠臣・佐藤継信が身代わりとなって討ち死にした時、「判官も鎧の袖を顔に押当て、さめざめとぞ泣かれける」(『平家物語巻第十一』)。そして、兄・頼朝に面会を許されなかった時の書状(腰越状)で、自ら「義経犯す無くして咎を蒙る、功有りて誤無しと雖も、御勘気を蒙るの間、空しく紅涙に沈む」(『吾妻鏡 文治元年』)。

古来、西洋ではニル アドミラリといって、指導的地位にあるものはみだりに感情を表に出すべきではないとされるが、儒教文化圏に入る中国や日本でも同様だと思う(諸葛孔明が泣いて馬謖を斬る場面もあるが、これは素朴な感情の発露ではない)。

泣くという行動は、相対する異性もしくは同性の血中テストステロンレベルの低下を介して、攻撃性を減退させるという。実験的には 悲しい映画を見せて集めた女性の涙を、由来を知らない男性に嗅がせると血中のテストステロンレベルを下げるという。しかし、同時にfMRIを撮ると、辺縁系の活動を抑制し攻撃性と同時に性的興奮をも下げるという結果になった。したがって、別れ話に女性が泣いてもたいていは良い結果にはならない。男の涙はさらに複雑で、社会の指導的立場にある人物が公衆の面前で涙を流すことは、同情心以上に軽蔑と不信をまねく可能性がある。

義経の場合、「弓流し」(「源氏の大将がこんなに弱い弓を引いていたのかと笑われる」と思い込んだ)などの自意識過剰に加えて、凱旋時の勝手な任官授受、兄への甘えなど、人間的に未熟なところがある。つまり“お子様”だったわけで、「船弁慶」や「安宅」など能の定番曲で、子方が義経を演じる演出的意図がわかってくるのである。

早川 智(日本大学医学部病態病理学系微生物学分野教授)[テストステロン]

ご意見・ご感想はこちらより

関連記事・論文

もっと見る

関連物件情報

もっと見る

page top