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【識者の眼】「オリンピックから考えた社会への同一化のこと」堀 有伸

No.5076 (2021年08月07日発行) P.58

堀 有伸 (ほりメンタルクリニック院長)

登録日: 2021-07-29

最終更新日: 2021-07-29

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オリンピックでの日本選手のメダル獲得や、大リーグの大谷選手の活躍のニュースを聞くと、ほっこりと嬉しく誇らしい気持ちになります。こんな時に、私たちの心理に働いているメカニズムは、「同一化」と呼ばれるものです。ほとんどの人にとって、活躍するスポーツ選手は直接の面識のない他人です。それなのに、スポーツ選手たちの活躍をどこか自分事のように感じてしまうのは、心理的な同一化のせいなのです。

活躍した選手が小難しい理屈を語ると嫌われることが多いのは、この同一化を拒否する意味があるからです。せっかく幸せな気持ちのお裾分けをしてもらおうと考えていたファンが、それに水を差されるのですから、がっかりするのも無理はありません。一方で、幸せのお裾分けどころではなく、本来は他人の業績のはずなのに、まるで自分のことのようにおごり高ぶった振る舞いを示すファンがいれば、選手たちも内心では複雑に感じることがあるのではないでしょうか。

以前は人物を好意的に評するのに「器が大きい」という言葉が頻繁に使われていました。これは、「他人からの同一化の投影を、幅広く受け入れることができる人」と解釈することができます。「同一化」のような心理機制は、一種の子ども返りであり甘えなので、これを受け入れてくれる人や組織・団体に人は魅力を感じやすいのです。

メンバーが自分の組織や集団に強い同一化を示している場合、その集団は「凝集性が高い」組織だと考えられます。日本は、とても凝集性が高い、それ故に強い組織力が発揮されやすい社会でした。そのオモテの面としては、数多くの優れた実績を残したこと、ウラの面としては、同一化から外れた存在に対する強い攻撃性などが挙げられるでしょう。

コロナ禍や醜聞が続いた後でのオリンピック開催という葛藤的な状況の中で、オリンピックのもたらす興奮に素直に同一化することに抵抗を感じる日本人も少なくないと思います。「社会への同一化」を巡る葛藤は、10年前の原発事故の時にも国民に突き付けられた課題でした。今後社会が複雑さを増していく中で必要なのは、単純な「同一化する/しない」という二者択一ではなく、それぞれに判断力を持つ個人が、お互いの差異を認めながらも新しい結びつきを作り上げていくことだと考えています。

堀 有伸(ほりメンタルクリニック院長)[新しい結びつき]

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