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妄想性障害[私の治療]

No.5074 (2021年07月24日発行) P.42

加藤 敏 (小山富士見台病院院長)

登録日: 2021-07-21

最終更新日: 2021-07-20

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  • 「人が自分のことを変な目で見る」「ストーカーされている」,また「夫が女性と浮気している」等,特定の被害妄想や嫉妬妄想などがかなり長く持続する。本人の確信は揺るがず,警察に訴えたり,他人や配偶者に攻撃的になることもあり,社会問題化し地域の保健福祉課などに相談があったり,犯罪で初めて事例化することも少なくない。病気であるという自覚がないため,精神科外来に自発的に来ないことが大半で,治療につなぐのに難渋することが多い。

    ▶診断のポイント

    中年期以後に多く,発症してからも人格水準は保たれており,妄想を持ちながら,仕事はちゃんとしている事例もある。特に若年の場合,統合失調症との鑑別を要する。持続する妄想は,覚醒剤などの薬物依存や梅毒,脳炎,脳外傷などによる精神障害によっても生じるので,器質性病変の精査が必要である。青年期から周囲に対し猜疑的になりやすく,些細なことで被害感情を抱く妄想性パーソナリティ障害(DSM-5)との鑑別も必要である。

    高齢になり,同胞がいなくなり,孤立無援の寄る辺ない一人暮らしが続く中,「人が自分のことを見張っている」などと特定の被害妄想を発展させる一群の事例〔対人接触欠損妄想症(W. Janzarik)〕がある。認知症との鑑別を要するが,高齢化が進み,高齢者の妄想性障害が増えている。妄想性障害が,認知症初期の主要病像であることもある。

    ▶私の治療方針・処方の組み立て方

    地域の保健福祉課などからの相談,診察依頼がなされることが治療の端緒になることが多い。周囲に対する被害妄想のため患者が自宅に引きこもり,ごみ屋敷になってしまうこともある。まず,困っている家族や市のスタッフに来院してもらい,事情を聞き,対応をあらかじめ検討する。長く続いている患者の問題行動のため,家族が消耗していることもあり,家族の話を聞くことも治療的である。

    家族などの同伴で,患者に何とか精神科外来に来てもらうよう努める。最初,患者に同伴した人と一緒に導入的な話をしてから,患者とだけ話す。患者は「自分がどうして精神科に連れて来られるのかわからない」と面接に拒否的になることが少なくない。家族や周りの人があなたのことを心配しているので「医師としても心配だ」などと話し,まず睡眠や食欲など体調のことを聞く。もし睡眠が浅くなっている,食欲が落ちている,頭痛があるなどの訴えがあれば,これを機に頭部CT(ないしMRI)などの検査を含め精査し,治療薬を投与する旨を話す。

    ついで何か日常生活をする上で困ったことはないか聞く。患者が答えなければ,医師から家族や周囲の人の言葉を持ち出し「あなたは他人にストーカーされていると言っているようですね」など懸案の事項を切り出すのもよい。即座に患者は「それは事実です,妄想ではありません」などと妄想を否定する発話をすることが多い。こういう場合,正面から患者の発話を否定するのではなく,「そうだとすると,神経が疲れてくつろぐゆとりがありませんね,大変ですね」などと,患者の苦悩に同調・共鳴し,ねぎらう言葉をかける。患者にとり,医師を前に自分が困っていることを話し,聞いてもらえること,および医師から自分の苦悩に共感してもらえたことは治療的で,信頼できる治療関係の構築に寄与する。

    この段階で,「あなたは神経が過敏になっていて,本来の状態ではない。睡眠の質が悪くなっている可能性がある」などと身体的問題に注意を向けるようにして,神経の緊張を和らげる薬を服用するよう勧める。薬を服用して「どうも考えすぎだったようだ」と妄想から距離が多少ともとれていく事例が少なくない。

    治験が難しいこともあるため,公認の治療ガイドラインはできていないが,薬物療法と支持的精神療法(加えて環境調整)が効果的な事例は少なくない。

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