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マイオカインに腫瘍増殖抑制効果・抗うつ作用があるか?

No.4967 (2019年07月06日発行) P.56

沖田孝一 (北翔大学大学院生涯スポーツ学研究科教授)

登録日: 2019-07-08

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一般向けの医学解説書「NHKスペシャル 人体 神秘の巨大ネットワーク 第2巻」(NHK取材班編,東京書籍,p53)に,「スポーツの分野では,アスリートの成績タイムを少しでも上げるために,ミオスタチンを抑えるトレーニングが行われている。さらに薬によってミオスタチンを抑え,筋肉をたくさんつけることで老化を止め,寿命を延ばせるのではないかという研究も盛んに行われている」とありました。マイオカインには「がんの増殖を抑える働きがある」「うつの症状を改善する効果がある」という解説もありましたが,その真否と作用機序をご教示下さい。

(青森県 W)


【回答】

【動物実験からは,その可能性が示唆される】

(1) ミオスタチンを抑え筋肉を増やすことで老化を抑制し寿命を延伸する可能性

筋細胞により産生される生理活性物質をマイオカインと呼びます。ミオスタチン(マイオスタチン)は,成長/増殖因子に属するそのひとつですが,逆に筋肥大を抑制する蛋白質です。

筋力や筋肉量は,生命予後に影響する要因であり,筋萎縮を伴う慢性疾患やサルコペニア・フレイルでは,一般健常者並みに筋肉量を改善するメリットはあります。しかしながら,ボディビルダーが長命であるというエビデンスがないように,健常者が必要以上に筋肉を増やすメリットがあるかということになると,現時点の答えは「?」です。

ミオスタチンの抑制は,ラパマイシン標的蛋白質(mammalian target of rapamycin:mTOR)やインスリン様成長因子-1(insulin-like growth factor-1:IGF-1)などの細胞増殖系シグナルを活性化しますが,反対に動物実験では,この経路を阻害することが寿命の延伸に繋がります1)2)。マウスもサルもカロリー制限で寿命が延伸することが示されており,機序として,カロリー制限によりmTORやIGF-1が抑制され,長寿遺伝子(サーチュイン-1)が発現することが推定されています。

実験動物とは異なってヒトの寿命に関わる因子は,多様ですが,筋肉を増やすことは,体温保持,ADL,QOLおよび糖代謝・脂質代謝の改善に有効です。

高強度トレーニングではミオスタチンが抑制され,mTOR・IGF-1系の活性化により筋肥大が起こります。治験において抗ミオスタチン抗体が筋肉を増やす目的で,動物のみならずフレイル高齢者に使用されていますが,寿命延伸に繋がる結果ではないというのが現状です1)。過剰に増やすのではなく,筋肉の質を向上し,量を維持することが重要かと思われます。

(2)マイオカインのがん増殖抑制細胞

運動によりがんの増殖が抑えられる可能性が多数報告されています。有名な研究に,マウスにがん細胞を注入し,運動群と非運動群でがん病巣の増殖率の差を調べたものがあります3)。運動群では,がんの増殖が抑制され,この機序にエピネフリンおよびIL-6(代表的マイオカイン)を介したNK(natural killer)細胞動員の亢進が関与することが示されています4)

マイオカインは,運動による多様ながん増殖抑制機序の一部を担うと考えられ,実際にがん増殖抑制効果があるとされるマイオカインにSPARC(secreted protein acidic and rich in cysteine)があります5)。また,全身にくまなく存在する筋肉(骨格筋)ですが,不思議なことにがんの筋転移は稀であり,筋細胞に存在する抗酸化物・酵素の重要性(がん増殖抑制効果)が示唆されています1)

(3)うつ症状を改善する効果の有無

運動によるうつおよび脳機能の改善効果については,複数の報告があります。その機序のひとつとして,マイオカイン〔脳由来神経栄養因子(brain- derived neurotrophic factor:BDNF)〕が関与している可能性が示唆されています。

ヒトの“うつ状態”に関する実験を動物で行うのは難しいことですが,BDNF投与による実験動物の認知機能改善が報告されています6)。また,このBDNFはうつ病患者および認知症患者において血中濃度が低いことが多くの論文で証明され,脳機能・可塑性に密接に関与していると考えられています6)〜8)

【文献】

1) 沖田孝一:心不全と骨格筋機能障害. 文光堂, 2018, p66-78, 216-9.

2) Blagosklonny MV:Oncotarget. 2017;8(22): 35492-507.

3) Pedersen L, et al:Cell Metab. 2016;23(3):554-62.

4) Idorn M, et al:Trends Mol Med. 2016;22(7): 565-77.

5) Aoi W, et al:Gut. 2013;62(6):882-9.

6) Nagahara AH, et al:Nat Rev Drug Discov. 2011; 10(3):209-19.

7) Morres ID, et al:Depress Anxiety. 2019;36(1): 39-53.

8) Mikkelsen K, et al:Maturitas. 2017;106:48-56.

【回答者】

沖田孝一 北翔大学大学院生涯スポーツ学研究科教授

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