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つり革につかまったときの筋緊張部位の変化の機序は?【転倒の危険性が減じ,緊張がゆるむためだが,反射ではなく随意運動】

No.4898 (2018年03月10日発行) P.59

大高洋平 (藤田保健衛生大学医学部リハビリテーション医学Ⅰ講座准教授)

大須理英子  (早稲田大学大学院人間科学学術院健康福祉科学科教授)

登録日: 2018-03-07

最終更新日: 2018-03-06

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揺れる電車の中でつり革につかまっていないときは全身の筋肉が緊張して転倒防止に働いていますが,つり革につかまったとたんに全身の筋肉(手,腕以外の)が弛緩し,体の揺れ方がひどくなります。これはどのような神経反射なのでしょうか。

(東京都 F)


【回答】

ご指摘のように,動いている電車の中でつり革につかまることで,体の筋緊張が緩むことは一般的に自覚する現象だと思います。外乱への姿勢反応は外乱前にとっている姿勢によって異なることが知られており1),手すりを持った場合と手すりを持たない場合においても異なります。そのことが,外乱を生じる前の姿勢筋の緊張にも違いを生じさせているのだと考えられます。実際に電車の中で実験を行った知見に基づくわけではありませんが,以下に推論を述べさせていただきます。

揺れている電車で立位姿勢を保ち転ばないようにするには,予期せぬブレーキなどによって姿勢外乱が生じた際に,足関節や股関節を使った姿勢制御や足をステップするような姿勢制御など,反応的姿勢制御と呼ばれる戦略をとり,転ばないようにします。また,外乱が生じることがあらかじめ予測できる環境にありますので,事前に体を固くしておくことで剛性(stiffness)を高め,外乱に対して体が動きにくくする戦略もとります。何にもつかまらないで揺れている電車の中で,通常の静止立位の際に加えて生じる筋肉の緊張は,後者を反映しているものと考えられます。身体,特に下肢や体幹の緊張をあらかじめ高め,剛性を高めた戦略をとっているのだと思います。

一方,つり革を持っている状態では,外乱によって姿勢制御が乱れ転びそうになっても,つり革を引っ張り,元の姿勢に戻すことで転ばずにすみます。どこにもつかまっていないときには,左右の足が囲む平面(支持基底面)から重心位置(重心を支持基底面に投影した位置)が逸脱した際には,足を踏み出さないとすぐに転倒してしまうわけですが,つり革につかまっていれば,少々逸脱した場合でも上肢により重心位置を転倒しない位置に戻すことができます。そのため,多少の体の揺れも許すことが可能となります。外乱にいつでも対応できるようにするために剛性を高めている体の緊張は必要がなくなり,そのための筋肉の活動はゆるめることができるのだと考えられます。

また,手や腕は,つり革につかまるための筋力を発生しますが,同時に,緊張することで,元の姿勢に戻ろうとする剛性や反射的反応を高めることができます。それにより,体の重みで腕や指が伸ばされかけたときに,つり革から手が離れないようにしていると予想されます。

ところで,この一連の変化は,いわゆる「反射」ではないと思われます(個々の要素には反射が含まれると考えられますが)。つり革につかまれば,必ず生じる反応,すなわち反射ではなく,たとえばつり革がとても頼りないものであれば,やはり体は前もって緊張をした状態になると思いますし,体の緊張を抜かないでいようと思えば抜かないでいることもできます。意識はあまりしていないかもしれませんが,随意運動の範疇と考えられます。

【文献】

1) 金澤一郎, 他, 監:カンデル神経科学. メディカルサイエンスインターナショナル, 2014, p927-8.

【回答者】

大高洋平  藤田保健衛生大学医学部 リハビリテーション医学Ⅰ講座准教授

大須理英子 早稲田大学大学院人間科学学術院 健康福祉科学科教授

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