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(3)発達と社会的ジェットラグ問題[特集:「社会的ジェットラグ」が健康に及ぼす影響]

No.4863 (2017年07月08日発行) P.40

駒田陽子 (明治薬科大学リベラルアーツ准教授)

井上雄一 (東京医科大学睡眠学講座教授)

登録日: 2017-07-07

最終更新日: 2017-07-05

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  • 体のリズムは思春期から20歳代前半にかけて夜型化し,社会的ジェットラグが起こりやすくなる

    夜型指向が強まる思春期には,それ以前と同じ就床時刻を設定しても,生体が睡眠へ移行するのに十分な準備ができない可能性が高い

    社会的ジェットラグは,発達期における心身の健康,日中機能に影響を及ぼす

    思春期の睡眠不足と社会的ジェットラグを防ぐために,学校の始業時間を遅らせる取り組みが米国を中心に進められており,効果が報告されている

    早めに入眠できるような生体リズムの調整も同時に必要であり,睡眠衛生指導・睡眠教育が必須である

    1. 発達と生体リズム

    社会的ジェットラグ(social jetlag)とは,前項「社会的ジェットラグの概念と病態メカニズム」で述べられているように,社会的な時間と我々の体の時計が合わないこと(misalignment,乖離),ならびにmisalignmentによって生じる不調を指す1)。多くの人が,本当はもう少し長く寝ていたいのに,仕事が始まる時間に間に合うように目覚まし時計を使って起床する。体の時計を(見かけ上は)勤務時間帯に合わせて生活しているが,生体リズムを自由に操ることはできないので,実際には体の時計をごまかしながら生活していることになる。こうしたことから,前項「成人の社会的ジェットラグ問題」が生じてくる。本特集で,「発達と社会的ジェットラグ問題」を1つのテーマとして挙げているのは,発達過程,特に思春期に体内時計は変化し,社会的ジェットラグが起こりやすくなることを認識する必要があるからである。

    体内時計は視床下部の視交叉上核に存在し,細胞内の複数の時計遺伝子・時計蛋白が互いの転写発現を調節し合って約24時間の概日リズムを形成している。そのリズムが早い時間帯に活発なのか,遅い時間帯に活発なのかによって,朝型(ヒバリ型)・夜型(フクロウ型)といった分類ができる。朝型の人は早寝早起きで,日中の早い時間帯に活動のピークがくる。一方,夜型の人は,朝目覚めづらく午前中はエンジンがかからないが,午後から夕方,夜にかけて活動のピークがあり,夜は遅い時間帯まで眠気を感じない。こうした個人の睡眠覚醒や行動の時間的指向性をクロノタイプと呼ぶ(ギリシャ神話でクロノスという時間の神がいるが,クロノは時間を意味しており,概日リズムの型を指す)。クロノタイプは,「社会生活上規制のない日の夜間睡眠の中央の時刻〔睡眠負債を調整(mid-point of sleep on free days corrected for sleep debt:MSFsc)〕」を指標として表すことが可能であり2),この値が年齢によって変化することが示されている。

    図1dは,ドイツ,スイスの2万5000人のデータをもとに,性別と年齢によるMSFscの変化を示したものである3)。子どもは朝型指向が強く,思春期に向かって遅れる方向に進み,2時間程度後退する。最も夜型を示す時期は,女性では19.5歳,男性では21歳頃である。男性は女性に比べて夜型のピークが2年ほど遅く,夜型傾向はより高い。10歳代半ばまでのデータが少ないため(図1a),この年代でのMSFscを明らかにすることは難しいものの,第二次性徴が始まる前(10歳代初め)と性成熟が完成する思春期の終了時期(10歳代後半~20歳代初め)とでは,クロノタイプは大きく変化する。小学生のうちは目覚まし時計がなくとも,休日も平日と同じ時間帯に起床することができていたのが,思春期以降,就寝時刻は1~2時間,起床時刻は1~4時間後退し,学校や部活など何も予定がなければ,8:30~10:00まで眠っているのが自然な生体リズムとなる4)。20歳前後に夜型のピークを迎えた後は,男女ともに朝型方向へ向かう。男女差がしだいに小さくなり,更年期を迎える50歳頃に男女のクロノタイプが入れ替わり,男性のほうが早く入眠する傾向がみられる。



    MSFscは,メラトニン分泌開始時刻(dim-light melatonin onset:DLMO)と有意な相関を示しており,クロノタイプが夜型傾向を示すほど,DLMOも遅いことが明らかにされている5)。夜型指向が強まる思春期には,それ以前と同じ就床時刻を設定しても,生体が睡眠へ移行するのに十分な準備ができない可能性が高い。クロノタイプが夜型傾向であるほど,個人が望む睡眠時間帯と学校生活を送る上で望ましい睡眠時間帯とのずれが大きくなりやすい。すなわち,社会的ジェットラグが起こりやすくなる。クロノタイプと社会的ジェットラグとの関係は,図2のように線形関係が示されている1)


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