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加齢と時計遺伝子の関連とは?

No.5004 (2020年03月21日発行) P.54

大塚邦明 (東京女子医科大学名誉教授/ミネソタ大学Halberg時間医学研究所)

Germaine Cornélissen (ミネソタ大学Halberg時間医学研究所)

登録日: 2020-03-24

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加齢に伴い,時間の経過を早く感じるようになると言われています。時間の経過の早さと,男性更年期における遊離テストステロン等の因子と,時計遺伝子との関連について,文献も併せてご教示下さい。(青森県 W)


【回答】

【時間の経過を早く感じる背景には,グリアの関与が推察される】

人間の体には10秒後や60秒後,あるいは6時間後,8時間後を予測する仕組みが備わっています。普段は毎朝6時に起きている人が,「明日は孫の運動会だ。場所とりに行こう」と,朝4時に目覚ましをセットしたとします。すると不思議にも,セットした時刻の数分前に目が覚めます。こんなことを体験した人は,少なくないのではないでしょうか。それは砂時計型の体内時計が働いたからで「こころの時計」と呼ばれています1)2)

楽しいことをしているとあっという間に時間が経つのに,会社で嫌な仕事を処理するとき時間はなかなか進んでくれません。あるいは交通事故に遭うとほんの数秒足らずなのに,時間は至極ゆっくりと流れ,数分あるいは十数分にも感じます。子どもの頃の時間はゆっくり流れていたのに,大人になると思いもよらないくらい時間が早く過ぎ去ってしまう。このように時間の早さは,自由自在に伸び縮みします。こころの時計の働きです。

こころの時計は,積極的に行動のタイミングや間合いをとり,常に変化する環境に適応するために重要な役割を果たしています。そればかりか,幸福感にも深く関わっていました。ファンクショナルMRIの研究で,今では脳の島皮質がこころの時計の在り処であろうと考えられています3)。脳の働きが画像で眺められるようになって,こころの時間が延び縮みする仕組みも解明されてきました。

島皮質は,ちょうど扇の要の位置を占めるかのように,大脳と辺縁系との境目にあります。両者と密に連絡をとることで,全身からの情報を集めて加工し,全身に発信します。歳とともに,1年や1日といった時間が思いのほか早く過ぎると感じるようになるのは,加齢とともに神経細胞の処理能力が低下し,信号を運ぶスピードが落ちていくからです3)

一方,2016年,ピッツバーグ大学のコリーン・マクラング博士らは,交通事故などで突然に亡くなった210人の健康だった人たちの脳を調べました4)。人の概日リズムは高齢になるとともに変化し,早いほうにシフトするため早寝早起きになり,時間のリズムは崩れていきます。マクラング博士らの研究でも,確かに高齢者の脳では若い人にみられる時計遺伝子活性が弱まっていました。しかし,高齢者の脳の前頭葉には新規の遺伝子群が現れていて,まるで別の時計が生体リズムの乱れを補おうとしているかのように働いていました4)。早朝覚醒はこの遺伝子群のせいかもしれません。高齢者には高齢者だけの別の世界があるようです。前頭葉に生まれたこの新しい体内時計のおかげで,老齢脳はアルツハイマー病やパーキンソン病などから身を護っているようです。

最近,時を刻む仕組みには時計細胞のニューロンよりもグリア(主としてアストロサイト)の関わりが大きいことが報告されました。昼の時間の創出にはニューロンの時計遺伝子が,夜の時間の創出にはアストロサイトの時計遺伝子が主役であり,アストロサイトがリズムの周期長を決定していることが報告されています5)。こころの時計を動かして,歳とともに時間の経つのが早くなることの背景には,グリアの関与があると推察されます6)

お尋ねの遊離テストステロンと時計遺伝子,あるいは時間の経過の早さとの関連についてはまだ明らかにはされていません。朝,起床前にピークを迎えるホルモンにはコルチゾールとテストステロンがありますが,テストステロンと高齢者に現れる早朝覚醒との関わりについてもまだ明らかにされていません。

【文献】

1) 大塚邦明:時間内科学. 中山書店, 2013, p325.

2) 大塚邦明:こころの時間を統括する島皮質. 7日間24時間血圧からみる時間高血圧学. 大塚邦明, 編. 医学出版社, 2014, p139-48.

3) Craig AD:Nat Rev Neurosci. 2009;10(1):59-70.

4) Chen CY, et al:Proc Natl Acad Sci U S A. 2016; 113(1):206-11.

5) Brancaccio M, et al:Neuron. 2017;93(6):1420-35.

6) Payán-Gómez C, et al:Brain Sci. 2018;8(12). pii:E227. doi:10.3390/brainsci8120227.

【回答者】

大塚邦明 東京女子医科大学名誉教授/ミネソタ大学Halberg時間医学研究所

Germaine Cornélissen ミネソタ大学Halberg時間医学研究所

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