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(6)就業規則や法的根拠などの考慮が必要となったメンタルヘルス関連ケース【第3章 小規模組織経営者が知っておくべきメンタルヘルス関連制度と事例】[特集:診療所職員のメンタルヘルス対策]

No.4705 (2014年06月28日発行) P.76

編集: 奥田弘美 (精神科医(精神保健指定医)/日本医師会認定産業医)

上村紀夫 (医師,日本医師会認定産業医,経営学修士(MBA)/株式会社エリクシア代表取締役)

登録日: 2016-09-01

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  • ここでは,筆者が産業医として実際に直面した就業規則や法的制度の運用が必要となったメンタルヘルスに関連するケースを3つご紹介します。いずれも一般中小企業で遭遇したケースですが,医療機関でも十分発生する恐れのある症例ばかりです。なお,それぞれのケースの解決法はあくまでも一例です。各組織の就業規則や企業文化,対象者の事情などによっては一律に適応できないこともあります。このような状況もありうることを知って頂き,ご自身の組織風土に合った対策をあらかじめ講じて頂くことを目的としてご紹介します。

    CASE1

    うつ病で1年間休職していた社員に,主治医より復職可の診断書がようやく出て,産業医面談を経て復職。1週間の通勤訓練の後,残業禁止の就労制限をつけて定時勤務を始めたが,3週目頃より突然の遅刻や欠勤が増えはじめた。復職後3カ月たつにもかかわらず,1週間すべて精勤できた週がなく,1~3日の遅刻や欠勤がある状況である。
    (個人情報保護のため内容を一部変更しています)

    このケースは,復職時の産業医面談でしっかり日常活動記録表(第2章p63参照)をつけてもらい復職判定を行った結果,復職可となった社員です。しかし,いくら入念に復職判定を行った後でもこのように定時勤務になると勤怠状態が荒れる職員が時折発生してしまいます。
    この職員に対しては,まず何度も産業医面談を繰り返し,「病気の調子が悪いようだから主治医と休職について話し合うように」とアドバイスしました。この会社の復職プログラムでは時短勤務は認められていないため,残業制限以外の就労制限がかけられません。それに耐えられない社員は,安全配慮義務の観点からも再休職してもらうしかないのです。
    しかし,本人は「主治医の先生は無理せず休みながらでも仕事を続けろと言います」の一点張り。遅刻や欠勤をして現場に迷惑をかけているということには無頓着です。産業医から主治医に対しても「勤怠不良が続いており,まともな労務提供ができていない。現場の職員にも大きな負担となっている。また,このような状態で就労を続けさせるには安全配慮義務の観点からも懸念がある。再度の休職を考慮願えないか」とお伺い状を出しても,「現代型うつ病の要素があると思われるので,休職させるのは治療上よくないと考える」との回答しか得られませんでした。
    確かにいわゆる「新型うつ病」の患者に対する精神科治療の王道は「安易に休ませずに叱咤激励しながら仕事を続けることでストレス耐性を身につける」なのですが,人員や経済力に余力のない中小企業ではそうした教育的対応にも限度があります。ギリギリの人員で現場を回しているため,いつまでたっても一人前の仕事ができず遅刻や欠勤を繰り返す人を抱えておくことができないのです。精神科医の中には,稀にその辺の社会的事情を考慮されない先生がいるため,この症例のように現実との間で大きな認識の齟齬が生じて会社を非常に困らせてしまうケースがあります。
    結局この社員の場合は,約1年間,特例として残業禁止での就労を続けましたが,欠勤・遅刻回数は軽減せず,むしろ悪化していく傾向でした。本人を交え産業医面談や人事面談を繰り返し,仕事内容も可能な限り考慮しましたが勤怠改善は認められず,会社と契約している労務提供が完全にできない状態が続きました。
    その後も何度か本人には「休職して治療に専念して欲しい」ことを伝えましたが,本人・主治医ともに姿勢は変化することはありませんでした。
    結果,会社はできうる限りの配慮をし尽くしたとして,「欠勤が継続していなくても不完全な労務提供しかできない場合は休職の発令ができる」という就業規則に従い,本社員に休職を命じることを決断せざるをえなくなってきました。
    休職命令の有効性は,労働者が真に労務を提供できない健康状態にあるか否かによって決められます。休職命令が有効な場合は,就業規則などで別段の定め(休職期間中でも賃金を支払うなど)がない限り,休職期間中の賃金は請求できません。
    しかし,休職命令はあくまでも最終手段です。休職命令は客観的に「休職させるべきである」と言えるコンディションかどうかで会社と主治医や労働基準監督署との間で揉めることがあり,会社命令の「待機:休業補償の対象」だと判定される危険性があるからです。また,私傷病手当などによる金銭的支援が得られるかどうかわからないという本人に対しての金銭的な不安をもたらすことから,本人と会社間にトラブルをもたらす可能性も高いからです。
    そこで,休職をさせたい場合は次のようなステップを踏むことが求められます。 


    ちなみに本ケースでは,最終的には休職命令を出す覚悟を固めた上で,人事担当者と上司が本人の同意のもと,主治医と面会し勤怠不良の状況や安全配慮義務について説明し,理解を求めました。すると,やっと主治医が現場の窮状を理解し,「休職を要す」の診断書を書いてくれました。すったもんだの末でしたが,休職命令の発令を回避できたことは,会社にとっても当人にとっても非常によかったと思われます。
    なお,どんなに就業規則を整備しても,実際にメンタルヘルス系疾患が慢性化した社員を解雇するのは事業所としては勇気のいる決断です。まずは本ケースのように職員と何度も話し合い,可能ならば家族や身元保証人も同席してもらって休職に合意し,治療に専念してもらうステップが必要です。その後の経過で休職期間が満了しても通常勤務が困難な状況であれば,できれば合意の上で退職してもらうか,退職金の上積み金を出すなどして会社都合で円満退職の形をとることも現実的によく選択される方法です。

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