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(26) 産科学・婦人科学[特集:臨床医学の展望]

No.4740 (2015年02月28日発行) P.121

岩下光利 (杏林大学医学部産科婦人科学教室教授)

久保田俊郎 (東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科・医学部生殖機能協関学教授)

井箟一彦 (和歌山県立医科大学産科・婦人科教授)

登録日: 2016-09-01

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  • ■産婦人科学の現況と課題

    産婦人科学領域は,生殖医学,周産期医学,婦人科腫瘍学,女性医学の4主要領域からなる。婦人科腫瘍学は子宮や卵巣といった生殖臓器の良性・悪性腫瘍を取り扱い,女性外科と言われるように女性を対象とした外科学であり,一方,女性医学は思春期や更年期疾患を主に取り扱う内科的な診療体系である。生殖医学と周産期医学は産婦人科に独特な診療体系であるが,生殖補助医療や出生前診断といった倫理問題が常に話題となる臨床課題を抱えており,技術的に可能だから臨床応用するということは許されず,社会のコンセンサスを常に考慮した診療指針が求められている。
    わが国の産婦人科の特徴は,若手女性医師の増加である。新規産婦人科医に女性医師の占める割合は数年前が70%,現在でも60%である。また,分娩を取り扱う基幹施設で勤務する産婦人科医は,圧倒的に若い女性医師の比率が高く,日本の周産期医療はこれら若手の女性医師によって支えられているといっても過言ではない。
    女性の社会進出は国を挙げて推奨されてきたが,産科の特殊事情として当直が多く,産科医としての臨床と出産・育児の両立の難しさから産科を辞めたり,辞めなくても外来専属勤務に転向する女性産婦人科医が増加し,周産期医療の担い手がいなくなることが危惧されている。これら若い女性医師が継続的に勤務できるよう,産科婦人科学会では女性医師のワークライフバランスを考えた勤務体系を模索しつつある。

    TOPIC 1

    遺伝子検査

    いわゆる遺伝子検査は特定の疾患のハイリスク因子のスクリーニングや出生前診断に導入されてきた。遺伝子検査の結果陽性と判定された時にどのように対処すべきかという課題は多くの倫理問題を含むが,急速に普及しつつある遺伝子検査に対し十分な倫理的な観点を考慮した対応が図られていないのが現状である。産婦人科領域では着床前診断として体外受精・胚移植時の胚の遺伝子情報解析が行われてきたが,これは産科婦人科学会の倫理委員会に事前申請し,承認された限られた疾患にのみ解析が許可されてきた。近年,母体血を用いて胎児の染色体異常を検査する無侵襲的出生前遺伝学的検査(non-invasive prenatal genetic testing:NIPT)が開発され,海外では大規模studyが行われており1),わが国でも臨床研究として実施されている。
    DNAは細胞の核内にあるが,細胞がアポトーシスなどを起こすとcell-free DNAが血液中に漏出する。妊娠母体の血中には胎児のcell-free DNAが混在し2),NIPTでは母体血中にあるcell-free DNAの塩基配列を次世代シークエンサーで解読し,染色体ごとのDNA断片数を同定する。DNA断片は母体由来か胎児由来かは区別できないが,胎児が13トリソミー,18トリソミー,21トリソミー(ダウン症候群)ではDNA断片数が通常よりわずかに増加することを利用してこの3つの染色体数異常を診断するものである。
    従来より,胎児染色体異常の出生前スクリーニング検査としては胎児の超音波検査と母体血清マーカー検査があり,確定診断検査として羊水染色体検査と絨毛検査がある。NIPTは従来のスクリーニング検査より検査精度は高く非侵襲的で妊娠10週から診断できる利点はあるが,あくまでも確定診断検査ではない。マスメディアがNIPTを大きく取り上げたこともあり,NIPTを希望する妊婦が大幅に増えたが,この検査の意義を十分に理解している検査希望者は少なく,NIPTで陽性と判定された妊婦が人工妊娠中絶を選択することが危惧された。これに対し,日本産科婦人科学会,日本医学会,日本人類遺伝学会など関連5団体が協議し,NIPTはマススクリーニング検査として行わないこと,リスクの高い妊婦を対象とすること,遺伝カウンセラーが常駐して検査の意義を十分に説明できる体制の整った認定施設でのみ実施すること,などを条件とした臨床研究として2013年4月より開始された。今後,NIPTが普及していくためには,従来の出生前スクリーニング検査との関係をどうするか,圧倒的に少ない遺伝カウンセラーをいかに増やしていくかなどの課題を解決していかなければならない。
    もう1つ,産婦人科関連では遺伝性乳癌・卵巣癌(hereditary breast and ovarian cancer:HBOC)の遺伝子診断が注目されている。がん抑制遺伝子の1種である(breast cancer susceptibility gene 1:BRCA1)およびBRCA2はDNAの損傷修復に関与するが,BRCA1/2遺伝子の病的変異を持った人では乳癌と卵巣癌の発生頻度が上昇することが数多く報告されている。たとえば,National Comprehensive Cancer Network(NCCN)のClinical Practice Guidelines in Oncologyでは,BRCA1/2遺伝子に変異がある女性の生涯発症リスクの推測値は,乳癌で45~84%,卵巣癌で11~62%と報告している。しかし,BRCA遺伝子検査は一般の人を対象としたスクリーニング検査として行うものではなく,乳癌や卵巣癌の家族歴などでHBOCの疑いのある者を対象とするので,遺伝カウンセリングによる検査対象者の抽出は重要である。遺伝子検査の結果陽性と判定された者で未発症例には,緻密な検診,薬剤服用による化学予防,予防的切除術などのいくつかの選択肢があるが,BRCA1/2遺伝子に変異を認めた者に予防的卵巣摘出術を施行すると,卵巣癌,卵管癌,腹膜癌の発症リスクが80%減少し,これらによる死亡率も77%減少することが報告され3),欧米では予防的乳房切除と並んで卵巣切除もかなり行われている。わが国でもいくつかの施設で予防的切除が施行されているが,遺伝カウンセラーが常駐してこれらのハイリスク者に適切な情報提供ができる体制は整っていない。

    【文献】
    1) McCullough RM, et al:PLoS One. 2014;9(10): e109173.
    2) Bischoff FZ, et al:Hum Reprod Update. 2005; 11(1):59-67.
    3) Finch AP, et al:J Clin Oncol. 2014;32(15): 1547-53.

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