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オリンピックとスポーツ医学 [炉辺閑話]

No.4837 (2017年01月07日発行) P.104

中嶋耕平 (国立スポーツ科学センターメディカルセンター)

登録日: 2017-01-04

最終更新日: 2016-12-26

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第31回夏季オリンピック・パラリンピック競技大会(リオデジャネイロ)が終了し、次回はいよいよ2020年東京大会を控えることとなりました。

1964年の東京大会では、当時に建設された数々の競技会場をはじめ、首都高速道路や新幹線、モノレールなどの交通網や施設は、その後も適宜改修や増設が施され、現在もなお、私達の生活に欠かすことのできない重要なインフラとして発展し続けています。戦後の復興と、そのあとに続くレガシーとして1964年の東京大会はわが国だけでなく、オリンピック史にとっても貴重な成功例と言えるのではないでしょうか。

一方、わが国のスポーツ医学におけるオリンピックレガシーとしては、各競技(団体)における医事部門(医科学委員会)の設置が普及し、選手の定期的なメディカルチェックや、遠征・合宿への帯同といったメディカルサポートも活発に行われるようになりました。2012年のロンドン大会以降は、他の主たる上位国同様、わが国も選手村の外に日本選手専用のサポート拠点を設置し、栄養・メディカル&ケア・メンタルなどのリカバリー部門と一部の競技の専用練習場が確保されるようになり、選手の健康維持や管理だけでなく、競技力やパフォーマンス発揮にも焦点が向けられつつあります。

また、1964年の東京大会開催時に国際スポーツ医学連盟(FIMS)からの提言を受け、1968年以後、五輪開催年ごとに当時の代表選手の定期的なメディカルチェックと体力測定が行われ、2016年も13回目(118名)のメディカルチェックが行われています。FIMSの提言は各国を対象としたものですが、忠実に実施し続けた国は、今や日本のみであり、海外でこの話をすると非常に驚かれます。当時の代表選手の平均年齢は今年で75.3歳となり、超高齢社会に突入したわが国の健康寿命を考察する上でも貴重な資料になると思います。

2020年東京大会と、それ以降に向けたわが国のスポーツ医学のレガシーは、これまで蓄積されたトップアスリートの膨大な医学的データを一般市民や高齢者の健康や医療に還元できるような体制づくりとともに、超高齢社会時代に移行した際の国家的モデルケースをめざすことにあるのではないでしょうか。

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