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坪井栄孝先生を偲んで[追悼 坪井栄孝先生]

No.4792 (2016年02月27日発行) P.18

青柳 俊 (元日本医師会副会長/青柳皮膚科医院名誉院長)

登録日: 2016-10-08

最終更新日: 2017-01-27

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高齢者を処遇する新しい社会保障制度として介護保険制度導入の議論が最終段階を迎えた際に、老人保健福祉審議会の地方公聴会が札幌で開催されました。

北海道医師会の委員会で介護保険制度の議論を取りまとめていた一人として、意見陳述を行うことになり、その折、当時日本医師会副会長だった坪井先生が審議会委員として来札され、初めてお会いしました。精悍な顔つきであった印象が強く、介護保険制度における医療のかかわりについての質問を受けた記憶があります。ちょうど、翌年4月の日本医師会長選挙に立候補されており、医師会活動に入ったばかりの私に「新執行部に入って介護保険の制度設計をまとめ上げ、スムーズな制度導入を図ってほしい」と希望されました。

新しい執行部での仕事が始まると、〈「適切な医療」とは?〉という宿題を投げかけられ、まとまりのない回答を用意したことを思い出します。坪井先生としては医療そのものだけでなく、医療保険制度や医療提供体制など全体を見渡しての回答を期待されたようでした。

当時は財務省主導の医療政策と厚生省内部の縦割り行政のため、パッチワーク的な改変が行われ、数々の矛盾を含む医療保険制度と医療提供体制であり、国(お上)主導ではなく医療担当者主導で理想的な医療と医療制度を作り上げたいと願っていた坪井先生には、何とかしなければという思いが強かったように思います。

日本医師会の役割として会員の互助会的な面や医学・医療の学術団体としての面もありますが、坪井先生は政策立案と政策提言を行う役割を強く意識されており、医療全体の構造改革を推し進めなければと強調されていました。日本医師会がシンクタンク機能を持つ必要性を強調され、日医総研を立ち上げ、政策立案と政策提言に力を入れることになりました。医師会の色に染まっていない私が役目を担うことになり、坪井先生の指導を受けながら、「医療構造改革構想」や「2015年医療のグランドデザイン」を提案・提示しました。

坪井先生は8年間の会長在任期間中世界医師会の運営にも尽力され、エジンバラでの世界医師会総会で会長職を立派に果たされ、会長講演の中で、日本では未だ「お上」意識が払拭されておらず「お上頼み」の状態であると強調されたことも印象に残っています。

継承・発展できなかった熱い思い

後半の数年間は1カ月に1回程度、早朝8時に坪井先生を囲む談話会が開かれ、先生が日頃社会保障、特に医療・医療制度について考えていることを熱く語る楽しいひと時を過ごさせて頂きました。熱い思いを継承してほしい、発展させてほしいとの坪井先生の意思の表れと感じました。残念ながら、私の力不足のため坪井先生の熱い思いや考えを受け継ぎ発展させることができず、大変申し訳なく深く反省しています。

時々、会館での仕事が一段落すると、「青柳君、今晩の予定は?」と聞かれ、朽ち果てそうな亀戸天神裏の古い料理屋にポケットマネーで連れて行ってもらったことを思い出しています。いつもアコーデオン伴奏でのカラオケが始まると得意の演歌を歌いだしますが、ある時密かに仕込んだ「みだれ髪」を感情たっぷりに歌われた姿が目に浮かんできます。

坪井先生、坪井執行部が解散してから12年が経ちました。ようやく、現執行部になって坪井先生が意図したような日本医師会の活動が見え始めてきました。ご安心ください。

ご冥福をお祈り申し上げます。

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