私が外科のレジデントをしていた1990年頃は、癌の告知を患者さん本人に行うことは一般的ではなく、胃癌や大腸癌などは「悪い潰瘍」や「前癌状態」というような表現をしていた。乳癌だけは手術後に見てわかってしまうので、「術中の病理検査で悪性の場合は全部の乳房をとります」という説明が行われていた。この頃は大胸筋を残す乳房切除術が主流で、温存手術がいくつかの施設で始まったところであった。乳癌の手術は虫垂炎や鼠径ヘルニアの手術と並んで研修医がまずマスターすべき手術のひとつであった。
その後、形成外科教室に入局し、最初に受け持った乳房再建の患者さんはまだ23歳であった。乳癌で外科に入院していた時、その患者さんは全摘後の乳房がなくなった自分の胸を見ることができず病室で毎日泣いていた。形成外科で既に乳房再建を終えていた別の患者さんが外来に来ていた時に、泣いている患者さんの話をたまたま聞き、「形成外科できれいに乳房をつくってもらえるから」と病棟まで励ましに行ってあげたらしい。
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