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『外科室』と『解剖室』 [エッセイ]

No.4812 (2016年07月16日発行) P.72

高橋正雄 (筑波大学人間系)

登録日: 2016-09-08

最終更新日: 2017-01-23

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  • 泉 鏡花の『外科室』

    1895(明治28)年に発表された泉 鏡花の『外科室』(岩波書店刊)は、東京のとある病院に、上流階級の紳士・淑女が集う場面で始まる。

    今日は、伯爵夫人の手術が行われる日で、病院の玄関から外科室を経て2階の病室へと通じる長い廊下は、「ある者は沈痛に、ある者は憂慮わしげに、はたある者はあわただしげ」に、いずれも顔色穏やかならざる様子で、「うたた陰惨」たる雰囲気に包まれていたのである。

    一方、これから手術が行われる外科室には、執刀医たる高峰医学士が椅子に寄りかかっていたが、彼は、多大な責任を負う身でありながら、「あたかも晩餐の筵に望みたる如く、平然としてひややかなること、おそらく渠のごときはまれなるべし」という様子だった。

    外科室の中央には手術台が置かれていて、その上に伯爵夫人が純潔の白衣をまとって横たわっており、「そのかよわげに、かつ気高く、清く、貴く、うるわしき病者の俤」は、見る者をして慄然とした寒さを感じさせた。

    それでも高峰医学士は、「露ほどの感情をも動かしおらざるもののごとく、虚心に平然たる」様子で、頼もしいというよりも、心憎いほど落ち着いていたのである。

    その後、高峰への秘めた思いを、麻酔中に譫言で言うことを恐れた伯爵夫人は、麻酔なしでの手術を要求する。この思いがけない要求に、周囲が動揺する中で、高峰一人は顔色を変えず、自若として、「夫人、責任を負って手術します」と誓うのであるが、そのときの風采は、「一種神聖にして犯すべからざる異様のもの」のようであった。また、彼の手術の手並みも、「神速にしていささか間なく、伯爵夫人の胸を割くや、一同はもとよりかの医博士に到るまで、言を挟むべき寸隙とてもなかりし」という見事なものであった。

    そして、その手術の最中、伯爵夫人は自らメスを胸に当てて命を絶ち、高峰医学士も同じ日に命を絶つのであるが、このようにみてくると、高峰という医師は、麻酔なしでの貴婦人の手術にも泰然自若たる態度を保ちうるほど、冷静で物事に動じない人物として描かれていることがわかる。それは、性格的にはクレッチマーの統合失調気質を思わせる態度で、それが彼の優れた外科医としての資質の一部をなしている。

    もっとも、そんな彼も、伯爵夫人に対しては、9年前に小石川の植物園で一目見てから、秘かに思いを寄せて独身の身を守り、夫人のあとを追って自らの命を絶つというのだから、人間としての自然な感情を失っていたわけではないのである。

    そして、日頃物事に動じない敏腕の独身医学士が、1人の女性に思いを寄せ、その死に動揺するという設定は、それから12年後に発表される三島霜川の『解剖室』にも、そのまま引き継がれることになる。

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