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権利擁護とリスク低減、最大限の両立を目指すべき [お茶の水だより]

No.4739 (2015年02月21日発行) P.12

登録日: 2015-02-21

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▼警察庁の道路交通法改正試案に対し、日本精神神経学会が「驚きと疑問を禁じえない」と厳しく批判している。同試案は、75歳以上の高齢運転者が免許更新の際に受ける認知機能検査で「認知症のおそれがある」と判定された場合、専門医による適性検査と診断書提出を義務づけるもの。それに基づき、公安委員会は免許の取消・停止を含めた対応を検討する。
▼試案の背景にあるのは、高速道路の逆走に代表されるような、認知症を有する高齢運転者による交通事故の増加だ。警察庁によると、2013年中に発生した高齢運転者による事故は、2003年に比べて約1.6倍増の3万4757件。死亡事故の3割以上は認知症を含む認知機能の低下が原因との指摘もある。
▼日本精神神経学会が今月3日付で公表した意見書では、医師が認知症の診断で重視しているのは、アルツハイマー型の初期症状の認定や進行度の判断に有用な「短期記憶の障害」とした上で、「記憶障害それ自体が運転に与える影響は小さなもの」と指摘。医師は疑い例を含めて病気と診断する傾向があるため、運転能力が残っているのに権利を制限される者が出ると懸念している。
▼認知機能検査を強化することへの社会的ニーズは大きい。しかし、運転免許の停止は一時的であっても生活に大きな支障をもたらす。「移動の自由」は生活の根幹を成す重要な権利だ。とりわけ交通手段の限られた過疎地に独居あるいは夫婦のみで暮らす世帯では、免許を失うことは死活問題となる。
▼ただし、高齢運転者の運転を巡っては、権利擁護とリスク低減の取り組みはトレードオフの関係にならざるをえない。認知症と運転能力の因果関係が明らかでないにせよ、今後さらなる増加が見込まれる高齢運転者の事故防止には取り組むべきだ。
▼そのためにはまず、認知機能検査で運転に必要な能力を正しく評価する必要がある。現行の検査は「時間の見当識」「手がかり再生」「時計描画」の3部構成で、「記憶」に重点が置かれている。しかし、それ以外の因子は考慮しなくてよいのか、検査の結果に基づき診断を下す専門医の数は足りるのか、検証すべきことは多々あるはずだ。
▼試案の示す制度改正には、免許を失った場合に本人・家族が必要とする支援など、福祉をはじめ法律と医療以外の視点からも議論が必要だ。権利擁護とリスク低減を可能な限り両立させられるよう、多分野の専門家で法改正前に協議すべきだろう。

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