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【識者の眼】「患者の疾病を治すことだけが治療目標なのか」藤原清香

No.5210 (2024年03月02日発行) P.55

藤原清香 (東京大学医学部附属病院リハビリテーション科准教授)

登録日: 2024-02-14

最終更新日: 2024-02-14

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様々な患者を治療していると、この患者にとって必要な治療とは何かを考えさせられることがあります。また、患者に対して薬や手術などによる治療法がある場合はともかく、治療法がない場合などは医師として非常に無力感を覚えることもあります。

「疾病を治療して治す」というのは、医師として当たり前にめざすことだと思いますが、「患者」を治療する際に、その疾病を治療した先に、その患者にはどんな未来と生活が待っているのか? と考えるからです。そして実際に疾病が治っても、患者は必ず満足するわけではないということがあります。

それは患者が疾病を治すことより、それに罹患する前の元の生活や人生に戻ることが目標であると、治っても元の生活に戻ることができなければ何のために治療したのだろうと思ってしまうからです。 

目の前の患者を人としてとらえ、その生活をわかりやすく分類し、誰もが共通理解のもとでその人を評価することができるICF(International Classification of Functioning, Disability and Health)という世界保健機関(WHO)が発表した分類があります。ICFは「生きることの全体像」についての共通言語であるとされています。

「治療」は医師による患者の健康状態への介入であり、これにより疾病を治すことをめざしています。これはICFの「健康状態」および「心身機能・身体構造」に対して介入していることになります。

一方で、疾病を「治療」し元の生活に戻りたいという患者の希望は、ICFの主に「活動」と「参加」が改善されることにあります。つまり医師が治療対象とするものと患者の求めているものにズレがあることになります。

「健康であること」の中にはその人の疾病や障害を含んでとらえるため、それにより生じうるマイナス面やプラス面を客観的に把握することができます。これにより特にマイナス面をどのように解決するべきかを俯瞰して見つけ出しやすくなり、治療目標として何をめざすべきかを把握しやすくなります。そして、このICFに基づいて患者を評価すると、解決すべきあるいは解決できる課題が見つけやすくなるとともに、たとえ疾病の治療法がなかったとしても、患者の生活をより良いものにするために医師として治療・介入できる方法が環境因子などを含め別に見つかることがあります。

このようにICFを用いて包括的に患者をとらえることで、罹患する前の元の生活や人生に戻りたいという患者の希望に寄り添った治療の提案ができる可能性があり、その生活機能(心身機能・身体構造だけではなく活動や参加も)を考慮した治療の選択にもつながります。そしてICFを共通言語として、医師と患者が共通の理解をもって治療することは、医療における治療の質の向上につながるのではないでしょうか。

患者が健康に生活できることの全体像をとらえた上での治療法の選択は、その選択肢がより増えることにつながります。こうした視点での治療の考え方がさらに広がっていくことを期待しています。

藤原清香(東京大学医学部附属病院リハビリテーション科准教授)[ICF][健康に生活できること]

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