2025年3月15日、東京都医師会で「第36回医療とICTシンポジウム」が開催された。「医療ICTはいかに実地医家に寄与できるか」をテーマに検討された委員会報告の中で、最も驚いたのは都立広尾病院山本康仁医師の「リアルタイムデジタルツインが実現する病院DXの実際」の講演であった。デジタルツインとは、現実世界のシステム等をデジタル空間に再現して連動させる技術だが、これを病院で、しかもリアルタイムで行っているというのだ。
院内にある様々なシステムからデータを収集する「HiPERシステム」は、医療機器だけではなく、端末のログイン情報やWi-Fiの位置情報なども収集して高速に処理するものであり、さらにそのリアルタイム性を生かして、入院患者の急変をいち早く把握し、対応を促すシステムも合わせて稼働している。これらにより、入院患者の予期せぬ心停止が有意に減少しているとのことであり驚きを隠せない。さらに検査等のレポートを解析し、主治医が認知していない疾病を抽出する仕組みや、人工知能の一種である大規模言語モデル(LLM)を用いて、看護記録から問題となる異常を素早く自動検知する取り組みなども行われているとのことだった。
講演の中では、システムそのものが急変を減少させたというよりは、それらを利用する看護職の積極的な観察や、素早く正確な情報伝達を行うなどの行動変容が主な理由だろうと推察された。そして、講演の最後には、医療DXの本質として「医療DXが情報伝達を最適化し、チーム全体の能力が向上した結果が入院患者の安全につながっていくと考えられる」と結ばれていた。
2025年5月、病院見学に行き実際に稼働するシステムを見せて頂いたが、上記のものだけではなく、地域連携や経営に関するシステムなど多岐にわたって稼働していたことや、それらすべてのレスポンスが早いことに驚いた。医学生時代に病院実習で来たときと見た目はあまり変わらないと思っていが、内部がこんなに先進的になっているとは……。
すべての病院が同じシステムを導入すれば医療の質が高まる、と単純に考えてしまいそうだ。院内の通信環境や、取得したデータの重みづけ/紐づけは病院ごとに異なるし、これらのシステムをほぼ1人で開発している山本医師のような人がいないと実現は難しいだろう。しかし、実際に病院の医療DXの成功例があることは大きな目標になるし、講演の最後で述べられた医療DXの本質を心に刻みながらよりよい医療に向けて、我々も行動変容を起こしていかなくてはならないと強く感じた。
土屋淳郎(医療法人社団創成会土屋医院院長、全国医療介護連携ネットワーク研究会会長)[医療DX][大規模言語モデル]