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【識者の眼】「ドラッグラグを『解消』すると軽々しく言う人たち」小野俊介

No.5174 (2023年06月24日発行) P.59

小野俊介 (東京大学大学院薬学系研究科医薬品評価科学准教授)

登録日: 2023-06-09

最終更新日: 2023-06-08

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ここ数年、ドラッグラグ騒動が再燃している。ドラッグロスなる中身のない兄弟語も登場。業界人がプレゼンをすると二言目には「ドラッグラグロスが叫ばれる中……」。話を聴く気がその時点で失せる。

ドラッグラグって、定期的にメディアが騒ぎ、何やら対策風なことを政府が講じ、「ほら、改善したよ」と大本営が発表し、下火になる……の繰り返し。30年間くらいこれを繰り返している。2017年頃には「PMDAが立派になって審査時間が世界最速に!」という意味不明の大本営発表があったっけ。審査時間なんて3日間にも3週間にも3カ月にもできることを世間の人々が知らぬから,こういう自慢がまかり通る(審査時間の大部分は資料がPMDAの書庫でただ眠ってる時間です)。

ドラッグラグとは何か。要は裁定取引の一側面である。「商品を安い国で仕入れ、高い国で売る」はビジネスの基本だが、それと同じ話。企業にとっては国境に加えて時間差が利益の源泉となる。新薬の開発・承認を、どの国からどういう順に進めるか、国と国の時間差(ドラッグラグ)をどの程度に「設定する」か次第で、企業の儲けは大きく変わる。発売の遅れはむろん損失につながるが、開発の遅れという時間差は、発売の遅れの損失を大幅に上回る利益をときに生み出すから魅力的なのだ。最大の魅力は「後発国(日本)での開発を遅らせれば遅らせるほど、後発国での承認取得確率は高くなる」1)ってこと。理由はおわかりですね。米国で既に承認された新薬を承認するのに、当局は大した勇気を要しない。勇気どころか、グズグズしてたら患者団体からお叱りが飛んでくるし。

現在のドラッグラグの値(6カ月とか)は、製薬業界の生き残りをかけた苛烈なビジネス戦争の中で必然的に生じる、「企業生き残りにとって最適なパラメタ」なのである。そこに政府が介入すると、企業は莫大な損害を被り、会社が潰れ、社員が路頭に迷う……かもしれぬ。そんな厄介な代物なのである。

ここに述べたことは業界人の常識である。にもかかわらず、能天気な政府はこうした構造に真正面から科学的に向き合うことなく、「ドラッグラグロスの解消をめざします」という見かけ倒しのスローガンの下、その場しのぎの弥縫策でお茶を濁し続ける。国民がまずい茶をすすってるうちに、この国は何十回目かの敗戦を迎えるのだろう。誰も気づかぬうちに。

【文献】

1)Yuka Hirai, et al:Health Policy. 2012;104(3):241-6.

小野俊介(東京大学大学院薬学系研究科医薬品評価科学准教授)[医薬品の承認]

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