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【識者の眼】「PTSDの診断基準の複雑さについて」堀 有伸

No.5173 (2023年06月17日発行) P.67

堀 有伸 (ほりメンタルクリニック院長)

登録日: 2023-06-06

最終更新日: 2023-06-06

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心的外傷後ストレス障害(posttraumatic stress disorder:PTSD)は専門家が話題にすることが少ない病態です。日本におけるPTSDの生涯有病率は1.3%と推定されており、決して稀な病気ではありません。

語られない理由の1つは、薬物療法の有効性が十分ではなく、PTSDをターゲットにした認知行動療法が標準的な治療とされている一方で、それを実施できる医療機関が整備されていないことです。

診断しても適切な介入ができないのならば、その介入は正当化されないかもしれません。それに加えて、トラウマについて話題にすることで、それを耳にした人が苦痛を感じてしまう危険性があります。災害後の被災地はPTSDの有病率が増加する状況ですが、上記のような理由から、PTSDの患者さんを探すような介入は慎重に行われるようになっています。

もう1つの理由は、PTSDの概念が複雑でシンプルではないので、誤解を生まないように伝えるためには配慮が必要なことです。現在の精神科の診断基準の基本は、診断の根拠に病気の原因(病因)を含めないことになっています。それと比べると、以前のドイツ精神医学を手本とした診断学では、抑うつを主訴とする患者さんについて、その原因が脳や身体の状態に由来する内因性うつ病か、環境への心理的反応を主な原因とする反応性(神経症性)抑うつのどちらかを区別することが重要でした。つまり、伝統的な精神科診断には病気の原因についての判断が含まれていたのです。しかし現在の世界で広く使われている診断基準では、原因を問わずに一定の強さの抑うつが2週間以上続くとうつ病と診断するなど、疾患の概念が変化しています。

そのような現行の診断基準の中で、PTSDは唯一病気の原因について示している例外的な病態なのです。したがって、PTSDの場合には、病気の原因・犯人を探す、その責任を問うという展開が、臨床の場に持ち込まれる危険性があります。

そこで重要になってくるのが、社会通念上許容されるか否か微妙な行為であっても、それに巻き込まれた相手が「その行為によって、自分は傷ついてPTSDになった」となったと主張すれば、それは認められるべきかという問題です。「上司のパワハラでPTSDになった」という主張を受け入れるか否かについて、現在の診断基準は慎重です。PTSDの原因となったトラウマ的な体験については、自分もしくは非常に身近な人物が、死の恐怖を感じるような事柄を実際に体験したり、間近で目撃したり、詳細にくり返しその内容を耳にした場合などに狭く限定する基準が、PTSDの診断のために求められるようになっており、この概念が広がりすぎないように制限を与えています。

【参考】

▶Kawakami N, et al:J Psychiatr Res. 2014;53:157-65.

堀 有伸(ほりメンタルクリニック院長)[認知行動療法][原因の責任追及]

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